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新弥のDAYS'

2006年7月4日更新

「おれ」の引退

<「個」を受け入れない時代の英雄>

 自転車の世界スプリント選手権で10連勝を飾った中野浩一さんは、「これでやっと引退できると思った。本当にうれしかった」と、その瞬間を話したことがある。

 「自転車レースは、もう好きではなかった。また乗りたいとは全く思わない。何の未練もない」とも。

 伊達公子さんも、「自分に出来ることはここまで」と、きっぱりとラケットを捨てた。

 一方で、引退という現実を頭は求めたが肉体が理解せず、同意せず、スポーツの現場にカムバックした選手も少なくない。

 ボクシングなどは別の事情が絡んでのことが多いので参考にはならないが、プロアマを問わず、第一線へ戻る人もいる。

 引退を決意していたある五輪金メダリストが、表彰台で泣いた。「自分にとっても、競技生活はあまりにつらく、長く、苦しいものだった。今回の五輪さえ通り抜ければ、もうこんな地獄には二度と落ち込まなくて良いのだと、そう言い聞かせて頑張ってきた。けれど、いまここで思い出すのは栄光の瞬間ではなく、あの激しく、自分を燃やし尽くすような地獄の日々の興奮だ。その地獄をもう二度と味わえないかと思うと、涙が止まらなくなった。一番憎んでいた物を、実は自分は一番愛していたのかもしれない」と。

 引退とは、そういうものだ。

 29歳の中田は半年前から、このタイミングで引退することを決めていた。

 その通りに、実行した。

 中田らしい。

 けれど、彼はいかに天才的で、ずば抜けた個性の持ち主で、優れた環境をセットアップしてきたにせよ、自分の明日は分からない。

 サッカー現役との別れを、彼がどのように「体」で感じるか。

 それは彼にも実は分かっていないのだ。

 きっぱりとした引退表明の陰で、彼自身には1%の迷いもないとは、誰も言い切れまい。

 人生は0か100かで割り切れるとは、誰も思うまい。

 中田の心の調和を、陰ながら祈りたい。

 中田といえば「個を貫いた選手」といった表現に彩られる。

 今ほど「個」を拒絶する時代も珍しいかもしれない。

 だれもが想定する範囲内での「個」は許容され、決められたパターンの中で英雄となるが、創造的な、本当の「個」には抵抗が強い。

 選手として、1人の人間として、中田は後者だった。

 ステレオタイプの個性ではなく、中田しか、あるいはごく一部の個性者しか持ち合わせない「個性」を発揮することを、「全体」は決して喜ばなかった。今引退に際して、さまざまな賛辞が寄せられているが、W杯へ至るまで、「中田がいない方がチームの和がとれる」「もうヒデの時代ではない」「中田は優秀だが、自分勝手である」といったニュアンスの、意図した「中田降ろし」の声が次第に強くなったことも、また事実ではある。

 筆者は98年のW杯を終えた後、世界オールスター戦後のコメント(自分はみじめだった)から、中田が好きになった。同時に彼も完全に抜きんでた存在になった。決して倒されない、強烈な選手になった。

 それからしばらくすると「中田降ろし」の風が早くも徐々に強くなり、中田は中田で個人HPの開設で、マスコミに依存しない自分ありのアピールを展開し始めた。

 けれど中田のすごいところは、そうした「環境」と試合(練習)に向かう自分とを明確に区別し、CMでの中田と1選手としての中田のけじめを、常にきちんとつけていたことだ。人気がどうであれ、イメージがどうであれ、ピッチ上の中田はいつも中田そのものだった。

 その一種武士道にも似た潔さが、逆に(一部の)多数派にとっては(絶対に真似が出来ないという意味でも)しゃくの種でもあり、中田がさも「孤立している」ようなイメージをことさらにアピールしたケースもあったようだ。それは成功した。

 それでも「個」を貫いた。

 最後のHPでも同僚との摩擦に触れていた。中田は繊細で、優しい心の持ち主だから、他人を傷つけ、不快にさせたことを本人は分かっていて、残念がっているのだ。それでも、貫くべき事を貫いた。監督が言えないような事も、彼はあえて言った。

 突出した「個」、想定外の「個」には厳しい世の中全体の風潮の中で、中田は1人、生き抜いた。

 彼の真似を安直にする若者が増えるかもしれないが、それは外側の真似で終わって欲しくない。

 倒されない選手になるために、中田がどれだけのことをしたか。「個」を貫くために、このデリケートな心をどれだけ自ら痛めたか。それを理解した上で、出来ることなら、中田を追ってみることだ。

 本当にそれができたら、追っているのは中田ではなく、自分自身であることに、心ある若者は気がつくことだろう。

 中田は、そういう選手だった。

 すばらしいきらめきだった。

 「おれ」は引退する。

 スポーツだから許される「おれ」表現も、1社会人としてはそぐわない表現になるかもしれない。

 けれど「僕」でも「わたくし」でも、背広を着てネクタイを締めても、中田は中田である。

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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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