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新弥のDAYS'

2006年8月31日更新

ふれあい五輪をやろう

<も1度会いたいオリンピックの生の顔>

 08年に北京で五輪が開催される。その2回後の16年に、日本へ本当に五輪を招致できるのか。奥深いところでの流れの仕組みがよく分からないが、常識で考えればサッカー日本代表の「W杯決勝トーナメント進出」と同じ確率だろう。

 世界には、もっと五輪をやって欲しい場所がたくさんある。「欲しい」というのは、スポーツファンとしての自分自身が望むという意味だ。自分の国に来るのもいいが、五輪の意義を考えると、金や施設があるからまた呼ぼうとか、「今の五輪はそんな小さな国や都市では呼べない規模なのだ」といった既成事実をもって異論を押し込めるようなやり方は、スポーツマン精神と違ういき方だ。

 五輪は経済的には巨大化したが、では五輪そのものが豊かに、大きくなったかといえば、むしろ逆ではないか。テレビ的な人気種目にややもすれば中継も集中し、結果的にはマイナー種目に接する機会が減っている。マイナー種目が削られていく。

 「コンパクト化」」は賛成だが、上記のような「効率」を求めたコンパクト化には反対だ。五輪はもっと「拙」でいい。

 費用がかかるのを既成事実とはせずに、五輪運動を根本から作り直していこうという旗手にこそ、日本はなって欲しいと思う。そういうベクトルの中で、新しい開催方式を打ち出して「東京に呼ぼう」「福岡にきてもらおう」なら、海外からもっと反響があったろう。

 今の世界常識の座標では、施設や経済規模の優位さを力説してもあまり意味はない。海外メディアが東京対福岡の「候補合戦」に全く興味を示さないのもこのためだ。とってつけたような「環境」だの「地球に優しい」はいささか見飽きている。なんだ、日本のポイントは金だけかと、思われがちだ。

 それでも、最近は東京にもう一度来て欲しい気持ちが強くなった。

 それは、あまりにも「テレビを通して」「パターン化した感動」を与えられてきたせいか、生で五輪に接する機会を持つことは、日本のスポーツ環境にとってとてもいい、いや必要だと感じてきたからだ。

 小さな国の代表や、応援団との生のふれあい。国の支援もなしにひたすら頑張る(欧米の)マイナー競技の選手たちに聞いて知る「日本のスポーツ環境の優秀さ(甘さ)」。

 勝手にスポーツの楽しさや興奮をプロデュースして、そういう騒ぎに慣れっこになりすぎた今の日本人のスポーツ感覚に、生の五輪ほどいい体験は他にないだろう。

 マイナー競技の世界選手権やアジア選手権は引き受けないが、五輪騒ぎなら是非呼びたいという図々しい国(町)だ。そんな国(町)には五輪の「経済効果」などもったいないくらいだが、心は別だ。

 人と人のふれあい、スポーツとの生のふれあいと求めて、やっぱり2度目の東京開催に、僕は手を挙げたくなってきた。

 あの顔と顔に、もう一度会ってみたい。

 それドドンコ、ドドンコのあのころの素朴な歌をもう一度聞いてみたい。

 「ふれあい五輪」ならやってみたい。

 あまりにも個人的な「本音」なので、一部誤解を招くかもしれないが、スポーツそのものの発展と普及を願ってのこと、行きすぎた弁はご容赦願いたい。

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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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