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新弥のDAYS'

2006年10月09日更新

日本山岳耐久レース

力を出し切るすがすがしさを再発見

 日がすっかり落ちて、奥多摩の峰峰の残照もほとんど消えた。辛うじて空がまだ真っ暗にはならず、木々の枝の間から仰ぎ見るとまだ澄み切った青さが残っていた。  「あと30分以内にトップが入ってくる。そろそろ準備を」と、スタッフの間が緊張し始めた。その時だった。  10月8日午後5時36分、東京都の西端近い、奥多摩有料道路の月夜見第2駐車場の第2チェックポイントにゼッケン3550、ソウル特別市山岳連盟所属の韓国人選手、沁在徳(37)=以下敬称略=が走り込んできた。



限界に挑んだ勇気をたたえ合う鏑木選手(左)と横山選手
限界に挑んだ勇気をたたえ合う鏑木選手(左)と横山選手

  ここは標高差1357メートル、距離71・5キロの奥多摩丘陵山岳コースを一気に走り抜く「長谷川恒男カップ 日本山岳耐久レース」のほぼ半ば、五日市をスタートしてから42・09キロ地点にあたる第2チェックポイントだ。

 今年は8時間を切るタイムが予測されていた。トップの通過は概算で午後6時。その予想をあざ笑うようが驚異的なタイムだった。沁は強じんで、少しも乱れを見せず、小さなボトルの水を2本飲み、さらに1リットルのボトルから補水容器に水を流し込んで、約2分後にスタートした。劇的なタイムでの初優勝はもう揺るぎない物に見えた。

 それから19分後、手元の時計で約19分後の午後5時57分、昨年新記録の8時間14分09秒で優勝した鏑木毅(37)がチェックポイントに到着した。差は大きすぎた。すでにV2はあきらめているだろうと、だれもが思った。本人以外は。



韓国強し! 第2CPを19分差で通過した優勝者
韓国強し! 第2CPを19分差で通過した優勝者

 鏑木は「水補給なし」と自ら叫ぶと、そのままテントの前を素通りして、小河内峠から御前山、大岳、御岳、日の出山、ゴールの五日市会館へと向かう後半コースへ、風のように下っていった。

 「あれーっ」。悲鳴に近い係り員の驚愕(がく)の声がその後を追った。鏑木がノンストップで通過することは全く予想できなかった。あきらめていないこと自体が、不思議だった。

 よく晴れた日で、風が強かった。水の補給が誰にとっても大きな要素となる日でもあった。「あれでは間違いなく脱水症状を起こす」。そう思った。危険な匂いが夕闇に充満した。立ち入り禁止の領域に、鏑木は身を踊らせたのだ。

 「まさにそうでした。とても危険なことを始めてしまった、そういう意識に自分で圧倒されました」。後で本人がそう言った。

 「昨年のこの大会での優勝から、さらにさまざまなレースに出て、新しい挑戦を続けました。その疲労が蓄積して、底力が少しなくなったかな、という感じがあったんです。事実、V2を狙うつもりでスタートしたのに身体が動かず、序盤はイヤになるようなスローペースになってしまった」。

 「ようやく走ることができはじめて上との差を聞いたら、20分近くなっていました。あきらめる? でも、勝つつもりで準備してきたんです。ましてや外国の招待選手に簡単にカップを渡すことはできません」。

 「第2チェックポイントは普通に水を取るつもりでしたが、直前で行くんだ、やってみるんだと、本能が囁(ささや)いたんです。危険です。実際、もうヨレヨレみたいで、何度もきわどいステップを踏み、転びかけました」。

 「御岳山の長尾平にわき水があることは知ってました。そこでがぶがぶ飲みました。平地と下りは、得意です。自分は箱根駅伝を目指したこともある陸上競技選手だったから、追い付くことは不可能ではないと思いました」。



壮絶だった。ゴール後倒れ込んだ鏑木選手
壮絶だった。ゴール後倒れ込んだ鏑木選手

 理屈の上では、どんなことにも不可能はない。けれど人は頭で計算する。残り30キロで19分差を返せるわけがない。そんなはずがあるわけがないのだが、鏑木は挑戦した。

 スポーツの本当のドラマは、その決断にある。勇気にある。金メダルや表彰状、家族や恋人とのドラマや、賞金総額とかテレビキャスターになるなどといった事柄は、その本能の<ばかにも見える>決断の一瞬と行動にあるのだ。

 鏑木は逆転を信じた。

 ただ1つ、条件があった。「こちらが迫っていることを相手に気づかれないこと」だった。

 それは難しかった。コースにはスタッフや応援者が点在し、トップの選手はあおの気配を察知してしまう。さらに夜間走行で義務づけられたヘッドランプの小さな光が、追ってと間合いを知らせてしまう。

 残り2キロ。鏑木はあと200メートルまで迫った。そこで気付かれた。沁在徳は一気にスパートした。

 少しも疲労の色を見せず、闘志あふれる韓国代表は圧巻の新記録7時間52分22秒でゴールした。初めて8時間の壁が破られた。

 77秒後、鏑木がゴールを切り、そしてそのままそこに倒れ、自力では動けなくなった。壮絶だった。思わず飛び出してスタッフとともに彼を持ち上げ、運び、水を与えた。

 「気が付かれてしまった」。数分で平常に戻った鏑木が笑った。「悔しい、勝つつもりだったのに」。

 全力を出し切った男の姿がそこにあった。

 「ボクなんか、素質も何もない。ただ、持っている物をすべて出し切ることしか、出来ないんです」。鏑木が言った。

 昨年、鏑木に続いて2位でゴールした一昨年優勝者の横山峰弘(37)が8時間17分23秒でゴールした。横山も力を出し切った。2人が握手して苦しいレースを振り返った。



 僕は別に泣かなかったが、心の中は熱い物でいっぱいだった。

 最近のスポーツは作り物だらけだ。作り物のコメントだらけだ。

 なんて素敵なものに触れさせてもらったのだろうか。

 沁在徳の健闘をまず称えながら、日本人選手2人の闘志、すばらしいシーンを陰で支えた大会スタッフたちの努力に、敬意を表したい。

   参考 http://www.togakuren.com/14th-taikyu/result.htm

(1)3550 沁 在 徳 (37) 7:52:24 ソウル特別市山岳連盟 男 
(2) 3562 鏑木 毅 (37) 7:53:41 THE NORTH  男 
(3) 3547 横山 峰弘 (37) 8:17:23 THE NORTH  男 
(13) 3854 櫻井 教美 (35) 9:10:50 女
(40) 3508 キム ホーラック (37)10:27:52 A&Fバスク 女
 



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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