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新弥のDAYS'

2006年10月21日更新

正義は役に立たないか

<ディープインパクトの衝撃>

 凱旋門賞で3位になったデュープインパクトが、フランスでは使用禁止となっている気管支拡張剤イプラトロピウムがレース後の薬物検査で陽性反応を示し、その後も大きな波紋を広げている。

 人間のスポーツの世界でも、禁止薬物の使用は最も大きな問題となっており、スポーツと競馬関係者はこの事件を真剣に受け止める必要がある。

 というのも、気管支拡張剤はレースでのパフォーマンスを上げるための即効性効果を狙って投与されたものではなく、現地に到着してから呼吸器系が不調になったので、フランスの獣医師がこれを投与するよう処方箋を出し、それに従ったミスによるものだった--と説明されている。

 専門的な詳細までは分からないが、日本では通常使用されない薬で、従って日本では禁止薬物に指定されていないという。ではなぜフランスの獣医師がこれを投与したのか。なぜそんな無知な獣医師にゆだねたのか。レース直前ではないから、検査には引っ掛からないとタカをくくったのか。今ひとつ、そのあたりの事情がよく見えない。知らされない。

 フランス側も「故意ではなく投与ミス」と認めており、国内での今後のレースをこのために禁じられるようなことはなさそうだ。

 ただし。日本の五輪選手にも、「知らずに風邪薬を飲んだ」「漢方薬なら大丈夫といわれてトレーナー(マッサージ師)にもらって飲んだ」といった「無知のミス」から禁止薬物使用が発覚したことがある。1980年代のことだが、それと照らし合わせると、日本の競馬界は薬物に関して、いい意味でも悪い意味でも20年近く遅れていることになる。

 禁止薬物に対する認識が、相当に甘いのかも知れない。

 しかし、根元の問題点はそこではない。

 スポーツの「正義感」こそが問題なのだ。

 最近はメジャーなスポーツで栄冠を勝ち取った選手が、事後に「薬物検査で陽性反応が出て」失格になったり、失格処分に対する裁判を起こしたりして、さまざまなトラブルが連続している。審判に圧力をかけて八百長試合を強要するような不祥事まで起きている。

 たとえば今年は自転車レースのツール・ド・フランスで、あるいは陸上100メートルで、あるいはW杯サッカー優勝のイタリアの国内リーグで、こうした黒い事件が立て続けに起きて話題を呼んだ。日本国内でも、ボクシングなどで似たような騒ぎが起きた。ディープよお前もか、と叫びたくなるような、悲しいシーズンだ。

 気になるのは、システムの側も「やったもん勝ち」を助長しているフシがあることだ。今の検査はサンプルを2つに分けて、Aサンプルが陽性になるとBも検査する方法だが、現在の検査精度を考えれば全くナンセンスで、Aが黒なら間違いなくBも「イコール黒」なのだ。従って、Aが黒ならその時点で、則ち競技終了後出来るだけ早く「黒だ」と断定的に公表したらどうかと思う。

 ところが「Bサンプルの検査でも陽性なら違反が確定する」などという、曖昧な、いかにもまだ陰性の可能性もあるような報道の仕方を促しているから、「優勝=>薬物疑惑=>確定」まで、時間が長い。長いから、とにかく栄光は栄光としていったん確定してしまう傾向がある。

 確定発表が遅れるから、勝者はメダルや賞金のほか、「世間の印象」と、それを金に換えるだけの時間を稼ぐことができる。

 すると、正直に何もせずに6位になるよりも、何かして1位になった方が明らかに得なのだ。少なくとも知名度は上がる。陽性が確定しても、仲介裁判所などに提訴することで、さらに「スポーツの犯罪人」だと断定されるまでには相当の時間を稼ぐことができるし、その頃には引退適齢期にさしかかっていることもある。米国の陸上界ではこれが「定石」化している。

 そういう「逆手」を、今のシステムはいくらでも取れる。

 また、「誰のせいだ」を不明瞭にして時間を稼ぐことで、本当は「誰」が悪いか分かっているのに、それをぼかすこともできる。これは部活でも学校でも会社社会でもよく使われる手法で、時には関係ない者まで事件の原因者として巻き込み、時にはそっちにより多くの過失の比重を押し付けるようなことも、固定した「仲良しグループ」に運営の中軸を任せとしばしば起きることがある。読者諸兄もこの手の被害者や加害者になった記憶は少なからずあるはずだ(笑い)。

 そういう「正義感」に乏しいあり方、社会、こそが、問題なのだ。

 正義感。

 今の日本ではほとんど使われない死語だ。

 けれど、スポーツで必要な「集中力」を極限まで引き出すのは、「自分は損こそすれ、汚い、恥ずかしいような得は絶対していない」という自分への究極の信頼感だ。

 それなくしては、本当に「無」の世界に入り込めない。ただひたすらに、という姿勢が絶対に取れない。いかに筋トレをやり、マスコミの時流に乗っても、本当の自分の能力を極限まで現すことはあり得ない。

 「金メダル作戦」も重要だが、その原点を何に求めるか、体協やJOCは理解しているのだろうか。

 ミスはどこにでもある。誰にでもある。ミスを犯したとき、一番大切なのは恥じ入り、後悔し、反省し「何でこうなったのか」を見詰め、必要な立場ならそれを公表する態度だ。

 それが正義である。スポーツの根元のパワーである。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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