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新弥のDAYS'

2006年11月6日更新

ランスのNYマラソン

<2度とこんなことするものか(笑い)>

「冗談じゃない、2度とこんなことするものか」と、ランス・アームストロングは笑い、周囲の人たちも笑ったそうだ。  

 「いったい、皆がどうやってこんな苦行(フルマラソンレース)をやってのけているのかさえ、分からない。とにかく、NOだ」。次の目標を聞かれて、ランスは潔く敗北を認め、あきらめを表明した。ツールドフランスのチャンピオンも、マラソンには勝てなかった。  

 NYの友人から楽しい連絡が入った。

 NYシティマラソンが5日に行われて、男子はドスサントスがブラジル人として初めて優勝した。2時間9分58秒。女子はラトビアのプロロプッカが2時間25分5秒で2連覇した。 

 けれど、本当のドラマはそれから1時間後、世界最高峰の自転車レース、ツールドフランスで昨年V7を果たして引退した、ランス・アームストロング(35)がゴールに近付いてきた時だった。 

 フルマラソンはこれが初挑戦、持久力では相当に高い能力を持っていることは分かっていたが、果たして「脚で走る」ことがどれぐらいできるのか、本人にも未知数だった。 

 あまりにも筋肉が隆々として、スタートラインでは(招待選手としてエリート勢と一緒のグループに入ったため)周囲とは違和感があった。本人も、エリート勢も、周囲も、その体つきの違いに思わず失笑したそうだ。 

 外電でも報じていたが、前半は結構いいペースで、サラザールらの往年のヒーローと一緒に走ったらしいが、やはりそれではハイペース。後半は徐々に遅れてしまった。 

 後の記者会見では「ホントに苦しくて、歩こうが何しようが、もうどうでもいいと思った」と告白したそうだ。 

 それでもフラフラになって、歩き始めてしまったランスがやってくると、人々は熱狂的な声援を送った。「頑張れ」「お前は不屈だろう」「おれの病気の娘のために走ってくれ」。 

 悲壮なまでの騒ぎになった。 

 ランスは3時間を切るのが目標だと話してスタートした。2時間57分、58分、59分。トップのゴール以上の熱い声援の中で、ランスは2時間59分36秒、856位でフィニッシュラインを越えた。その場で倒れ込み、起きあがれなかった。 

 人々は祝福した。涙を流す人もいた。 

 ランス・アームストロングは、マラソンファンだけではなく、「人生を闘い続ける」人たちにとっての英雄なのだ。 

 緑のTシャツに10/2と書いてあった。彼が10年前に睾丸のガンと診断された、「1度は死んだ時の」記念日だ。 

 そこから運命に反撃し、家族の反対を振り切って自転車の猛練習に挑み、前人未踏のツール7連勝という偉業を達成した。口で「気持ち」を語り、ブログで「ファンと交流」し、テレビ番組で「普及宣伝に協力」する代わりに、ランスは黙って走り、闘い、そして勝ち、本当の感動と勇気を世界に与えた。 

 けれど、本当に苦しかったらしい。  「ラストは、3時間なんて関係ない、もう歩くのだ、と思った。信じられない苦しさだった。ツールでもこんな苦しいことはなかった」。記者会見で話したそうだ。 

 初マラソンでは、いかに自分を抑え、実力を出し切るかがカギになる。多くの失敗例はみな、「調子がいいと感じて」20キロ前後でスタミナを使い果たしてしまうケースだ。ランスもそれをやった。本来なら足が止まってしまうべきを、彼や、彼だけではなく多くの挑戦者が、多くの「ただ普通の人」が内側に持っている不屈の魂でゴールまで走り、歩き続けたのだ。 

 ランスはすごい、とも思うが、ニュースを聞いて「人間ってすごい」という感動にあらためて打たれた。 

 筆者の場合は93年に1度だけ河口湖で走り、4時間半だった。短距離体質なのでそれで上出来だったが、やはり「2度はしたくない」と思った。「1度だけでいいから、その代わりどんなに苦しくても」という条件を自分に与えての挑戦だった。  ランスもきっとそうだったのだろう。 

 「2度とやらない」と、ランスも言った。 

 でも、ランスは筆者とは違う。 

 こうも答えたそうだ。 

 「2度と走らない。ただしその選択権は私にキープさせてくれ」。 

 東京国際女子が近付いている。 

 高橋尚子は「コーチなし」で、チームQととともに走る。難しいことだ。極限まで追い込むことはなんとか出来るだろう。しかし抑制すべき時期に自分を抑制し、レースへの体調を仕上げることは、「前半飛ばしすぎた」ランスと同じように、本能との闘いだけに難しい。いかに自分を抑え、走らせずに直前を仕上げるか。新たな挑戦の成果、失礼かもしれないが、とても心配し、多くのQちゃんファンと同じように、案じながら見守っている。 



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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