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新弥のDAYS'
2006年11月20日更新別府史之の番組
<「好きには走らないのがプロだから」>
監督が「アタックしろ」と無線で指令する。別府は死にものぐるいで先頭に出る。160kmをトップで走る。
けれど、そのまま自分が優勝を狙うことは出来ない。チームにはエースがいる。エースを勝たせるために、他の選手がさまざまな陽動作戦に使われ、使いつぶされ、力を出し尽くして先頭集団から去っていく。別府も、指令に従った。
「時には勝手に走ればいいんだよ、フミ」と、知り合いに言われる。けれど別府は自問自答した。
「好きに走りたい。本当はそうしたい。でも、僕はプロだ。プロは指令通りに動く。好きには走らない」
熱い思いが込められた言葉だった。
19日夜。TBSビ系列の「情熱大陸」をサウナで見た。
自転車レースの最強チームの1つ「ディスカバリー・チャンネル」で頑張っている別府史之の姿を、ありがちな虚飾なしに素直に伝えて、好感が持てた。
日本チャンピオンでも、欧州では全く無名で、チームに潜り込んでも初めはパシリでしかない。その修行を重ねて、今はなんとか「中堅」の位置に入り始めた23歳のレーサーの真実を、控えめなナレーションで映しだし、後は観る側の心にゆだねるという手法が、最近の「演出過剰」なスポーツ番組や中継番組に対して、実に新鮮で、ほっとさせるものがあった。
意外なことに、自転車ファンの間では(NHKBSの中野浩一さんのは別として)自転車レースの番組には不満が多いらしい。自転車レースの番組は、「マニアックだから」という意識からか、ともすれば正確に事実を「伝える」という根本を回避して、楽しげな「おしゃべり」が多くなったり、「知ってるよね」風に流してしまって、大事な要素を抜かしたりするケースがある。世界の大きなレース中継をマニア相手のトーク番組にはして欲しくない。そういう心理からだろう。
その点情熱大陸は「自転車レースを知らない人」を対象にしたから、かえって真実が心地よく伝わったのかも知れ
ない。それはともかく。
誰だって、自分の好き勝手に走ってみたい。
けれど、自分の好き勝手に走ることでチームのベストが引き出せるとは限らない。
それだけではない。
自分自身のベストも、好き勝手に走ったのでは引き出せないことも少なくない。
マラソンなどもその1つだろう。
数週間前の本欄で、高橋尚子さんといえどもコーチ(“監督さん”の意味)なしで成果を挙げるのは非常に難しいだろうと述べた。追い込むことは出来るが、追い込みすぎずに仕上げるのは至難だから、と。
もちろんチームQはすばらしい存在だし、今後もくじけずに頑張って欲しいが、レーサーQちゃんのベストを引き出すには、チームQの支援態勢とは別に、どうしてもでんとした存在が必要ではないかとも思われる。
一般論だが。
難しい話は別にしても、たとえば選手が自分を追い込んでいく時に、八つ当たりが出来る、ぶつかって泣きわめける相手がいないと、ことはうまくいかない。
200、400Mのダブル王者マイケル・ジョンソンも、「このやろう、オレを殺すつもりか、と思うほどしごかれ、憎んだ」と後にコーチへの気持ちを述べていたが、早くいえば「監督とは憎しみをぶつける相手」でもある。
自分でそういうスポーツをやっていればどのレベルでも分かるはずだが、自分だけでは自分の激しさ、あるいは弱さやずるさを、背負いきれなくなることがある。「なんでこんな馬鹿なことをしてるんだ」と、怒りが渦巻いたりする。うまくいかないとき、そうでないと分かっていて「あいつのせいだ、あいつのミスだ」と、自分以外の存在にその責任を転嫁したくなる。
それを目一杯ぶつけ、その憎しみをも受け止めてくれる大きな「壁」や「岩」が、多くの場合、選手には必要だ。
あるいは「無理だから適当に走れよ」と言ってくれる絶対的な権威の存在が必要だ。そう言われれば、死にものぐるいで走る。
あるいは「走るなと言ったら走るな、この出たがり」とたしなめてくれる人が(普通は)必要だ。
今回のQちゃんは、心配した通り、何か迷い道に踏み込んだ感があった。
それが分かっていながらなおも、悩み、試行錯誤しながら仲間と友にチャレンジしていくQちゃんを、今少し温かい目で見守りたい。やがて、道は自ずと開けるかも知れない。
心を込めて応援したい。
プロといってもマラソンと自転車レースとは同一ではないが、どこか、「監督」という存在との関連において、「好きに走る」ことに同じ局面があることは、意外な驚きだった。
たぶん、仕事とか会社、上司といったものも、同じなのだろう。
本当に自分で自分の監督になれるには、相当の年輪が、苦労が、失敗の積み重ねが必要なのだろう。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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