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新弥のDAYS'
2007年03月24日更新分け合った夏ミカン
<ユネスコ河津マラニックに参加した>
その青年の名前は知らない。
マラニックだから、少し走れれば誰でも参加できる。障害のある人も楽しげに参加した。
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僕が「ほら、Cコース(山岳16キロ)の途中の山道にたくさん落ちていたから、1つ拾ったよ」と、帰路に出会ったAコース(初心者向き5キロ)の集団に夏ミカンを見せると、その青年が寄ってきて、「あ、ミカン」と言って、うれしそうに手に取り、そのまま持って行ってしまった。
Aコースの世話をしている山西哲朗教授(群馬大)と出会ったのでしばらく立ち話をしていてふと気が付くと、青年が僕の傍に戻ってきて、笑顔を浮かべながら夏ミカンを手の中でぐるぐる回していた。いつまでも回していた。
付き添って参加していた人が「欲しいのかな、珍しいから」と笑って問いかけると、うんと、軽くうなづいて、目は夏ミカンに向けたまま、僕の方に身体を向けた。
「ああ、これは失敬。食べてみようか、でもきっと酸っぱいよ、拾ったヤツだから。3人で食べよう」と、まず歯を当てて割れ目を作ってから、3つに割った。
青年は、僕が差し出した3つ割りの1つを受け取り、大事そうに食べ始めた。山西教授も食べ始めた。僕も食べた。「酸っぱいよ、まだ」。皆が笑った。
帰りの列車の時刻が迫っていたので、僕はそれっきりでさよならを言い、1人で走って駅に向かいながら、途中で食べた。少し酸っぱくて、少し甘くて、とてもいい香りがいつまでも口の中に残った。
それだけの話が、なぜかいつまでも心に残って、ほのぼのしている。
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伊豆はよく晴れて、とてもマラニック日和だった。
マラニックというのは、マラソンとピクニックを掛け合わせた造語で、山西教授がこれを提唱し始めてから、もう30年にはなる。市民マラソンブームの初期のころ、「単に決められた距離を走ってタイムを短縮するだけでなく、時にはタイムも距離も一切忘れてゆっくり走りろう」と呼び掛けた。
「当時はまだ日本人がスポーツ心に自主性を確保していて、どういう練習をしたらいいとかを、決してメディアの情報をうのみにすることなく、自分たちの体験を土台にある意味で今よりずっと真剣に模索していた。情報も少なかったが、情報に対して受け身ではなかった。フルマラソンという大きな夢だけに意識を奪われすぎることなく、食べたり飲んだりしながら通常とは違う走りもしてみる、といったことが割にスムーズに受け入れられた」(山西教授)。
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けれどそれ以後は逆に日本のスポーツは退化したのかも知れないと、僕は思う。与えられたイメージ、与えられた機会、与えられた情報、与えられた枠といったものに抵抗力がなくなって、誰もがあまりにも素直に? 自分のスポーツを縛り付けているような気がしてならない。
たぶん、それは僕だけでなく、口や言葉では言わないにせよ、市民ランナーやランナー未満の人たちの多くが、最近特に感じ始めていることではないだろうか。スポーツはもっと自由なはずだ、と。
タイムや着順を付けない「走遊会」つまりマラニックが、けっこうあちこちで盛んになり始めている。走るって、42・195キロだけのものだろうか?
3月21日、そのマラニックの父(?)山西教授らが中心になって、「ユネスコ河津マラニック」が伊豆で開かれた。150人が集まった。健脚コースから、8キロの中間コース、初心者向きコースと、午前11時半のスタートで3班に分かれた。
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僕は健脚組と一緒に走った。急坂上りでは遅れ始める人も出てくると、この10年間、小田原~足柄で60キロのマラニックを開催してきた最勝寺久和さん(W・O・P・A代表)のリードで、全体が歩いて後続を待った。途中の露天で夏ミカンを買ったり(拾ったり!)、おにぎりを食べたり、小さな神社にお参りしたりして、ゆっくりと伊豆の早春を愉しんだ。
走り、止まり、歩き、食べ。
最勝寺さんは「だらだらしているようで、実は長距離走の上級者こそ、時々こういう走りをするべきだと思う。アップダウンもものすごくいい練習になるし、いつもと違う走りをすることで自分の走りを見直すこともできる。マラニックというとレベルが低いように見なす人がいるが、それは大間違いだ」と、途中で話してくれた。
確かに走りながら食べる練習も、多角的な長距離走(たとえば山岳走)への有効なトレーニングになる。また同時に、短距離専門の僕のようなタイプでも「時々歩く」なら、少し苦しい時もあるが、気軽に参加して楽しめる。
参加者は、約3時間の後「足湯」に浸かり、コンサートを聴き、懇談会でわいわい騒いで一日を終えるスケジュールだった。タイムも着順もなし。まさに「これぞマラニック」という集まりだった。
僕は前述の通り、途中で引き揚げたが、ほとんど「歩き」のAコースの人たちにも出逢い、2時間ほどのいい汗をかいた。
世話役の1人、日体大・森川貞夫教授は「全国各地でマラニックが注目を集めている。1つは走る人たちの意識の変革もあるが、一方で各地の村おこし、町おこしの行事として、あらゆるレベルのランナーや初心者が参加できる、本当の『ふれあいイベント』にふさわしいからだろう」。
近々にもマラニックの全国組織を有志で立ち上げる話が進んでいるそうだ。
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河津でも地元が大歓迎で、下田南高陸上部の長距離選手のほか、ボランティアが10人+1名、コースに同伴した。この+1名は、黒いかわいい犬で、ボランティア用のピンクのゼッケンを腹に巻いていた。
マラニックは、もしかしたら長距離走だけでなく、日本人のスポーツに対する姿勢や見方を本来あるべき姿に引き戻す、大きなパワーになるかもしれない。
そんな気がした。
分け合った、夏ミカン。
きっといつまでもあの甘さと酸っぱさを、覚えているだろう。僕も、山西さんも、そしてあの彼も。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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