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新弥のDAYS'

2007年04月11日更新

五輪招致の前に

<子らの未来のために議論の積み重ねも>

 シカゴか、ロサンゼルスか。

 米国では2016年五輪の開催立候補都市を巡って熾烈な争いが展開されており、14日にいずれかを決定して正式に名乗りをあげる。

 五輪の開催は必要になる巨額の資金から、招致がますます大都市に限定され始めており、「どこでも開催できます」という構図ではなくなってきた。

 IOC(国際オリンピック委員会)自身が、「平和のために世界の各都市で」といった理念よりも現実的な「華やかな五輪の継続」を望んでいるようで、招致運動開始時期の前倒しを決めるなど、五輪だけでなく、再び招致運動を大きなイベントに盛り上げていく意図が露わになってきている。

 それがよい、悪いは一概にいえることではない。人さまざまで、意見も多様だ。その多様な考えの1つとして、筆者はこう思う(むろんこれは正論でもなければ「べきである」という主張でもない。千万の意見の中の1つに過ぎないことをお断りしておく)。

 金持ちの巨大都市だけでなく、たとえば南米やアフリカなど、通常の経費を負えない都市にもチャンスを与えるべきで、そうでなければ五輪は非常に偏った性格の、世界の特定地域や国が中心のお祭りになる危険性があると思う。

 だからたとえばワイルドカード(特別枠)のようなものを設けて、「5回に1回はIOCの特別委員会が選定する都市を指名する」といったシステムを、そろそろ構築してはどうだろう。

 他の4回でもうけた金をそこに充当し、巨額の資金がない都市にも開催のチャンスを与えていく考え方は、あながち非現実的ではないだろう。

<五輪開催都市>

都市
<第1期>
1 1896 アテネ
2 1900 パリ
3 1904 セントルイス
4 1908 ロンドン
5 1912 ストックホルム
6 1916 (ベルリン)
7 1920 アントワープ
8 1924 パリ2
9 1928 アムステルダム
10 1932 ロサンゼルス
11 1936 ベルリン
12 1940 (ヘルシンキ)
13 1944 (ロンドン)
14 1948 ロンドン2
15 1952 ヘルシンキ
<第2期>
16 1956 メルボルン
17 1960 ローマ
18 1964 東京
19 1968 メキシコ
20 1972 ミュンヘン
21 1976 モントリオール
22 1980 モスクワ
23 1984 ロサンゼルス2
24 1988 ソウル
25 1992 バルセロナ
26 1996 アトランタ
27 2000 シドニー
28 2004 アテネ2
29 2008 北京
30 2012 ロンドン3

 五輪開催都市の歴史をみると、第2次世界大戦後、戦争中に開けなかったロンドンとヘルシンキが戦後に開催するまでを1期とすると、ここまではすべて欧米、いや米国もわずか2回で、いわば欧州だけの五輪だった。

 その後の(仮に第2期)は、欧州・米大陸・アジア及びオセアニアという分け方で見ると、地域的には全体のバランスがよく取れた開催地図になっている。

 けれど通して、南米、アフリカはまだ一度も開いていない。これは「世界平和のために」「子らの夢のために」といううたい文句とは少し矛盾している気がする。

 この現実を示す単純なデータを、東京招致を論議する我々市民は、まずしっかりと見極め、マスコミや都の出す「結論」に誘導される前に、まず自分自身で「五輪はどうあるべきか」を考えると、一層よいのではないかと思う。

 このデータに表れないもう1つの問題点がある。

 それは、これまでの開催都市はすべてキリスト教もしくは東洋思想などを主とする所であり、イスラム教世界の都市はいっさい含まれていないことだ。

 これでは「世界が1つになった」などとはいえないし、特に今の世界情勢からすれば、イスラム世界での開催があってはじめて、長い対立を続ける両世界の真の融合に寄与できるのではないだろうか。

 五輪は、開催都市の歴史を見る限り、まだまだ偏っている。

 五輪は誰の物かという根本も、今一度考えたい。五輪は行政の中軸たるIOCや開催都市の物でもるが、同時にスポーツ選手や各団体の物でもある。そして万民の「心」の物でもある。IOC=五輪ではない。またクーベルタンの時代に掲げられた理想や理念が全てでもない。

 この現代における五輪の役割、未来に求められる役割を、皆が考えてみることが、大切ではないだろうか。そうした個々の思いが、五輪に具現化されて欲しい。また、そのような努力を、その立場にある人々はして欲しい。

 東京も、1916年の開催を強く希望している。賛同者が圧倒的のようだ。「招致運動が、承知の上の空騒ぎに終わる懸念がある。東京には呼べない確率の方が常識的には高く見える」といった“承知運動論”は影を潜めた。

 むろん招致運動が進めば競技団体は強化支援を受け、メーカーなどの周囲も大きな経済効果を受けることになる。各個人のレベルでも「ようし、ここでもう一旗揚げるか」と内心大きな期待と意欲に燃えている人も少なくあるまい。

 一方で「トップの強化やメダル主義が極端に進み過ぎると、本当の日本のスポーツの発展に長期的にはマイナスになる恐れもある」「もっと地道に各競技の世界選手権などを開いてから、ステップを踏んで欲しいのだが」といった発言も裏では聞こえてくる。  本音の言いにくい時代ではあるが、もっと率直にそれぞれが「現実」と「理想」の両方を論じるのも、一手ではないだろうか。

 本来はこうあるべきだと思う。同時に東京にも呼びたい。だから、こういう工夫を提案しよう、、、。

 ワイルドカード制の案も、その一例ではある。

 巨大都市のパワーを見せつけることも大切だが、それが一方的な「巨大都市のエゴ」でもあったと後で歴史を評価されたら、せっかくの「子らの夢」が裏切られることにもなりかねない。

 東京招致には、その前にもう少し議論を積み重ねておきたいと感じるのは、筆者だけではないらしいが、どんなものだろう。

 日本には、開催をになう役割も求められてはいるが、五輪の理念や理想そのものを追求するスピリチュアルなリーダーとしての役割も求められているはずだ。

 五輪そのものから、である。

 その両方に応え得る「東京五輪パート2」招致であって欲しい。ぜひ、そうしたい。


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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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