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新弥のDAYS'
2007年06月19日更新非科学的練習は科学的?
<加重登山で知った「体で知る」大切さ>
手元に1冊の本がある。
日本の山岳界をリードした故・小西政継さんから頂いた自著「ロック・クライミングの本」(白水社)。
数々の海外遠征を通して、その気力・体力・技術が絶賛されて「鉄の男」とも呼ばれた方だった。
アウトドアには子どものころから興味があったが、実際には戦後生まれのご同輩と同じように勉学(笑い)や相対的な金欠貧困、仕事といった要素に押しまくられて、この筆者もやりたいことがあまりできなかった。だから登山も、少しはやったが、本格的なことは何もできなかった。
団塊の世代の少し上だが、団塊であれ階段であれ、僕らの時代はほとんどがそういう「未熟な遊び方」しかできない状況だった。
そんな中で、同じように厳しい条件を行きながらも果敢に山に挑み、海外に挑戦する小西さんのような先輩には、常に畏敬の念を抱いていた。同時に、「あの人達は特別な環境で育ち、特別な肉体をしているのだから」という「逃げ口上」も、僕らは得意だった。
言い訳のたくさん入った袋をいつしか身につけて、毎日それをひきずって生きていく。そんなおやじに、いつしかなり始めたこともまた事実である。
そんなある日、本棚から1978年初版発行のこの本を引き出して、頁をめくった。
小西さんはロック・クライミングという登山の中でもさらに特殊な領域の達人でもあった。そんなエキセントリックな世界は自分には関係ないと思っていたから、この本もあまり熱心に読んだわけではない。今あらためてひもとくと、実に新鮮で、書いてあることが以前よりはっきりと理解できるようになった。
冒頭にかなりの頁をさいて、小西さんは「登山の基礎は、30キロ50キロの重い荷を背負って丹沢を歩き回ることから始まる。この新人訓練に耐えられた者だけが本物になれる。初めは誰でも苦しい。倒れる者もいる。けれどあきらめずに何度も何度も訓練していくうちにやがて、人は強くなる」そういった主旨の話を書いている。
ロッククライミングは登山の高等技術だが、技術の基本はふらふらになるまで重い荷を背負って山を歩く基礎訓練だと、繰り返し述べている。
昔はこのくだりを「よくある言い方だ」と軽く読み飛ばしたが、年を経て振り返ると、「非科学的とみられる野蛮な訓練、練習の中に、科学が目指す真の目標がひそんでいる」ような気がしてならない。
他のスポーツでも、持って生まれた才能だけで開花する人は多いが、結局その力を十分に発揮するには要領の良い『「科学的」的なトレーニング』だけでは全うすることができない例が多い。
だらだらと1日中、重い荷に耐えながら歩く体験は、おそらく途中で「いやになってしまう」ような長い登山(あるいは山に到達するための歩き)に耐える心の訓練にもなる。心が訓練されていなければ、そういう「ばかばかしいこと」に慣れていなければ、本番で投げ出す確率が高くなる。何にでも「達成感」や「感動」を求める短絡的な登山者やスポーツ選手になってしまう。
仕事も同様で、腹の立つことや理不尽なことに否応なしに囲まれる中で、「もういやだ」とばかりに投げ出すことがある。けれど初めから「いや、仕事はこういうものを含んでいるのだ」と身体で理解していれば、たいがいのことに耐えるようになる。
だから昔の新人社員教育は、企業のためでもあったかも知れないが、個人のためでもあった気がする。
NHKの昔の番組のアーカイブ放送などを観ていると、昔の日本は社会自体に基礎訓練とか非科学的なことにも耐えてみる練習といったものへの尊敬や重視が、共通概念としてあったことがうかがわれる。
少々のことで音をあげたりはしないのだ、という、まさに「鉄の男」志向が、社会の土性骨として、あった。
感銘を新たにして、先日、筆者も25キロの荷を背負って高尾山へ「登山の入門者」として自己訓練に出掛けた。星野貢さんというベテランにパース配分は歩行の仕方を習った。星野さんは「正しい歩き方はどんなふうに歩くのか、足をどう運ぶのか、などと、最近の人はすぐ聞きに来る。昔は人に聞く前に、自分でやってみて、どうしても分からない時に聞くのが普通だった。いずれにしてもそんなことは教えたり、教わるものではない。自分にとっての正しい歩き方を見つけるためにこそ、長い距離を歩くのだ。歩き方を教わって歩く練習をするなどは、話が全く逆だよ」。
話が逆。これまた小西流に通じるものがある。自分の歩きを見つけるために歩くのであって、それを人から教わってしまおうなどという魂胆が、筆者は恥ずかしかった。
そして、間違いなくその通りで、それが最も科学的な話だと思った。
この体験は日刊スポーツ日曜付の「スポーツ&アドベンチャー」(6月17日)で紹介したが、ウエブでもご覧いただける。笑ってご覧いただきたい。
天才は天才なりの才能開花の方法がある。そうでない人は、時間と手間を惜しみなく掛けるのだ。そう腹を決めたところに、非科学的なようで最も科学的な部分があるのではなかろうか。
小西さんは道具に関しても科学的な視点を持った人で、酸素ボンベが開発されたらそれを使えばいい、必ずしも無酸素にこだわる必要はない、といった先進的な発想が特徴でもあった。ガンコ親父的な存在あったにもかかわらず、時折道端で立ち話をすると、楽しい人でもあった。
一応報道に携わる者として自己紹介し、いろいろ話を聞かせて貰った記憶があるが「お前は素人」「門外漢」といった差別は絶対にしない人だった。
自分は自分のためだけに山に登るのではない。もっと多くの人に山を愉(たの)しんで(苦しんで)もらうのが目標だ、と、話していた。
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【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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