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新弥のDAYS'

2007年07月08日更新

「それでもやる」精神

<冒険者たちの集いで接した奥底の魂>

「コメントがすばらしい」石川遼(撮影・たえ見朱実)
盛り上がったトークライブ

 「アドベンチャー・スポーツの集い」というのが5日、東京・新宿で行われた。

 アドベンチャー・レーサーやトレール・ランナーなど、日本の一線級のアウトドア・スリートが集まり、トークショーやチャリティーオークションで盛り上がった(アドベンチャー・スポーツ・マガジン=山と渓谷社=主催)。

 トークのコーディネートを仰せつかったので、壇上でまとめ役をやらせてもらったが、あらためて感じたのは「何をやるにも障害があり、でも最後はそれに負けず、それでもやるのだという強い意志がすべてを決めるのだ」という点だった。

 マラソンを初めとする既存のスポーツの場合は「運営者(主催者)がすべてをしきり、丁寧にセットされた枠や条件の中で、選手がベストを尽くす」といったイメージが強い。

 一方のアウトドア・スポーツでは、同じように運営者が存在するのだが、天候から地形から、イベントそのものの条件が不確定で、時には「そこでやるのはやめて欲しい」などと、人的な障害(?)も起きる。

 不確定な条件下でのレース(スポーツ競技)は、既存の「設定された環境で行う競技」に慣れすぎた人たちには、一層アンフェアで、あやうく感じられるのが普通だろう。

 だから「なんだ主催者は」と、運営側に文句を付けたくなるものだが、トップ級のアウトドア・アスリートは日常がすでにアウトドア・アスリートのため、「条件が悪いのは当たり前、多少アンフェアになるのも当たり前」と、自然の中でのスポーツのあり方を十分に理解しているようだった。

 そもそも、彼らも社会的に、また自分の内側的に、さまざまな予期せぬ障害に常に衝突し、回避し、逃避し、あるいは直面して解決している。その意味では、通常の競技選手よりはるかにタフで、予期せぬ障害を乗り越えていく「突破力」で本質的に優れている印象を受けた。

 競技生活の中でマイナス要因が出てくる。けれど「出てくるのが当たり前」という基本的なスタンスを、彼らは持っている。

「コメントがすばらしい」石川遼(撮影・たえ見朱実)
間瀬ちがやさんと櫻井教美さん06年度mvp賞

 昨年の日本山岳耐久レース(ハセツネ)で新記録優勝を遂げた櫻井教美さんは24時間レースのアジア最高記録(未公認)保持者でもあるが、レース序盤でねんざしたにもかかわらず優勝したレース内容を振り返って、こんな話をしていた。

 「痛いからやめることもできた。その方が賢かったかも知れない。けれど、痛い、苦しいからといって、チャンスがまだ残されているのに途中でやめるのは恐ろしい。後できっと、あのとき走り続けておけば良かったのにと、きっと思うだろう。そう思うと、やめたくなくなる。やることをやり切ってからトコトコと電車で帰るのと、そうでないのとは、とてつもない違いがある。そもそも、レースのために練習を積み重ねていく毎日が、誰だって苦しいはず。その苦労に対して、途中でやめてしまうのは、苦労した自分に対する責任を放棄するような気がしてしまう」。

 自分が積み重ねた苦労に対する責任感。

 日々の苦労。

 同レースに一昨年優勝した鏑木毅さん(昨年2位)は、先日の箱根50キロにも優勝した国内の実力ナンバーワンだが、

 「最近はつらいばっかしで、もうやめたいですよ(笑い)。次はどんな挑戦者が現れるか、優勝候補なのにぶざまに負けたらどうしよう。心配と不安ばかりで、もう、うつ状態!」と、笑いながら本音をさらしていた。

 それがあらゆる競技におけるナンバーワン共通の苦しみだが、正直にそれを語れる人は少ない。語れるだけの苦労を、やはり鏑木選手は積み重ねているからなのだろう。

 「家族にも犠牲を強いることになる。普通に働いているから、練習時間も限られてしまう。だから家族旅行に行くときも「今度は本当に家族とだけ過ごすからね」といいながら、こっそりと練習場所(コース)があるかを事前にチェックし、現地では『ごめん、3時間だけ』と拝み倒して走りに出掛け、2時間遅れで宿に帰る、なんてことをやってます」。

「コメントがすばらしい」石川遼(撮影・たえ見朱実)
左から間瀬さん、鏑木毅さん、横山峰弘さん、櫻井さん

 何もそこまでして、と普通は思う。

 本人だって、そう思う。

 思うけれども「それでもやる」のがスポーツなのだ。

 つい言い訳が先に立つ、ダメもとと思いながらした言い訳が通用したりすると、ついそれに乗じて「やめる」ことに慣れてしまう。条件が悪いと何かにその不満をぶつけ、「おれはせっかくやったのに」というスタンスに甘んじてしまう。

 それが、最近のスポーツの一面だ。

 アウトドアのアスリートには、仲間が運営し、仲間が役員をやり、苦しい中で新しい道を切り開いているのだという「運営側との一体感」もある。

 悪条件を恐れず、アンフェアをぼやかず、それでも立派に闘って勝とうとする。

 オリンピックは、選手たちが始めたものではなく、「総合的なスポーツのショーは成り立たないのか」というテーマに対する、いわば政治(スポーツ行政)的な側面からの挑戦だった。だからそれを頂点とする競技の選手達には運営側との連帯感や一体感は比較的薄めだが、それとは対照的な進み方を見せている。

 アウトドア・スポーツは、一方で初めから「対自然環境保護」の摩擦を、命題的に抱えている。将来は必ずしも楽観できないが、それでも、彼らは突き進む。自分自身への責任を果たすために。

 スポーツ競技の選手たち同様、アウトドア・アスリートにも、熱い声援を。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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