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新弥のDAYS'
2007年10月22日更新鮮烈! ハセツネ杯
<相馬剛が奥宮俊祐と魂の激闘>
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| ゴールの歓喜(撮影・後藤新弥 ) | |
「やった」。21日午後9時03分38秒、ゴール会場の東京・五日市会館に飛び込んできたのは相馬剛、33歳。すべてを出し切った者だけが発散する強烈な「生の歓喜」を振りまきながら、電光掲示板の前でくるくると周り、右腕を振りかざした。
アスリートの、勝利の踊りだ。
この時だけ許される、自分を解き放ち、獣のように咆吼(ほうこう)する一瞬だ。
わーっという歓声、拍手。「おめでとう」の連呼の中で、それすら聞こえないかのように相馬は自分自身に喜びを許し、褒め称えていた。
激しいレースだった。
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| 20日午後1時、第15回大会がスタート(撮影・後藤新弥 ) | |
15回目を数える日本山岳耐久レース(長谷川恒男杯)は20日、五日市をスタート。多摩丘陵一帯、いわゆる奥多摩の主峰の多くを結んだ71・5キロを制限時間24時間で駆け抜けた。最近流行のトレールランのきっかけともなった、日本最高峰の山岳マラソンレースである。
近年にない好天、2003人の参加者がかなりのハイペースで飛び出した(注=データはすべて暫定、詳細はhttp://www.hasetsune.com/を)。速すぎるほどだった。
参加者の下半身を見ると、ほとんどがタイツにトレールラン用のシューズで、昨年まではまだ存在感のあった軽登山靴は100人に1人程度。ここ数年、鏑木、横山の新2強の出現で大会は一気にスピード時代に入ったが、今年はさらにそれが全体に拡大され、外見からはもはや山岳レースというよりも「トレールラン日本選手権」の印象が強くなった。
7キロ地点の入山峠では狭い階段があるために10分待ち前後の渋滞が起きたが、すでにここまででよろけて鉄塔に頭を打ってリタイアした人も出た。
この渋滞を抜けた後の入山峠では全員が猛スピードでダッシュするなど、ある意味ですばらしく、またある意味で怖いほどだった。
トップに出たのが奥宮俊祐(28歳)。昨年は任務で不参加だったが、一昨年は途中で転んで指を脱臼したが「こんな暗いところでおいていかれたら迷子になる、必死に追いました」と、鏑木・横山を必死で追って、指がへんな方に曲がったままゴールへ飛び込んだ英雄だ。
「後半、誰に追われるか分からない。離せるだけ離しておきたかった」。22・66キロの第1関門では2位相馬に4分差をつけていた。途中の鞘口峠で夕闇の2人を見たが、差は5分に広がっていた。
ともに前半の飛ばしすぎがたたったのだろう、呼吸は整っていたが脚の筋肉疲労を感じさせる走りで、消耗が激しいのを感じた。
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| 鞘口峠、まだ2位の相馬選手(撮影・後藤新弥 ) | |
これは全参加者に共通した症状で、晴天で水分も予想以上に消費し、それが後半の想定外の疲労を引き起こしたに違いない。
奥宮も「飛ばしすぎの影響が終盤出た。水分補給が十分でなかった」とゴール後認めていた。
相馬は北海道の赤平出身、現在小笠原在住というユニークなアスリートだ。高校時代はバスケット、20歳からトライアスロン。その後フリークライミングをやり、トレールランを始めたのはつい昨年の4月。箱根のレースなどでめざましい成績を残してきた。
横山が欠場、鏑木もレース数の多さで疲労が蓄積している状態で、今大会は誰にもチャンスがあると言われていたが、相馬は初めから「それは自分だ」という明確な目的意識を持っていたらしい。
おごりではなかった。
ただし誤算もあった。
スタートから自分がとてつもないスパートでトップを奪い、終盤もスパートして勝つというイメージだったが、奥宮が想定外のペースで飛び出した。
「あれには参った」。ゴール後、2人で並んで笑い合っていたが、相馬としては早く追いつきたいのに奥宮は一か八かのようなペースで先行し、42・09キロ地点の第2関門でも5分04秒差。パニックを起こしそうになったに違いない。
ただ、各種の「異種競技」でアスリートとしてのキャリアを積み、人生をアスリートとして生きている「競技者」だけに、自分を励ます「焦り」とパフォーマンスを逆に下げる「焦り」の区別を、すでによく知っていた。追い方を会得していた。
大岳山の頂上で、先行する奥宮のヘッドライトを視認。そこからわずかで捉え、抜いた。
奥宮も負けていなかった。呼び寄せておいて、抜かれると同時にスパート。ぴたりと相手に密着した。
「これで決まったと思ったら、すぐ後ろについている。苦しかった」。
ともに1度ずつスパート。第3関門(58・00キロ)では奥宮が5秒先行した。互いの激しい息づかいを意識し、すきはないかと測りながらの激走だったらしい。
これが延々10キロ。最後の7キロでようやく相馬が独走した。
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| 奥宮選手(左)と激戦を振り返る相馬選手(撮影・後藤新弥 ) | |
「本当に苦しかった。からだにあるものを全部使い切った。ああ、参った」。相馬は笑いながら本音でつらさを訴えた。「でも、よかった。最初から最後まで独走だったら、全力を出し切ったかどうか、分からない。今回は、すべてを出し切って走りたいと思っていた。それができた。奥宮さんに感謝している」。アスリートならではの言葉。
8分差で2位の奥宮は言った。
「へんなんです。また終盤で負けた。悔しい。でも、それが言葉だけで、実感がない。力を出し切って、本当に出し切ってゴールした。だから、なんか、気持ちいい」。
アスリートならではの言葉。
****************
レース中、滑落死亡事故があった。心からお悔やみ申し上げたい。
夜間を含む厳しいレースだけに、「トレールランのレース」と想定することに関しては、参加者にも「慎重な姿勢」がさらに必要だと感じた。あくまでも「何が起きるか分からない」山岳のレースである。
第1回優勝の田中正人さんが9位に入賞した。すごい。
女子の1位は9時間41分20秒、間瀬ちがやさんだった。体調が悪く、貧血だったとご主人から聞いた。
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【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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