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新弥のDAYS'

2008年01月02日更新

初日の出遠泳

<08年元旦、寝起きの太陽を海から>

6時52分ごろ、江ノ島に姿を現した08年の太陽
6時52分ごろ、江ノ島に姿を現した08年の太陽

 諸氏、新年明けましておめでとうございます。

 元旦は例年通り、神奈川県江ノ島の片瀬海岸東浜で遠泳大会の手伝いをしながら、2008年の初日の出を楽しみました。

 

 正月に太陽が見られない年はほとんどありませんが、実際には雲があったりして、初日の出の最初の光を放つ「太陽」そのものを見ることは少なく、少し後になって雲間から顔を出してくる「化粧後」の太陽光をおがむことが多いのです。

 今年は会場にも強風が吹き荒れ、おかげで海は相当に荒れた状態でしたが、雲が吹き飛ばされたせいか、「生の初日」を久々に見ることができました。いわば(こちらから見て)寝起きの太陽です。

 強烈な光のエネルギーを全身に浴びると、それだけで強くなったような気がします。子どもたちが××レンジャーのアニメを見て「ぼく、つおいよ! ヘンシーン」などといきがるのに似て、自分まで昨年より強くなった気がします。

 

洋上で大歓声
洋上で大歓声

 遠泳大会はバディ冒険団が毎年行うもので、テレビのローカルニュースに流してもらう」ためにやっているのではなく、物好きなばか者たちが「今年もばかなことをやりましょう」というだけの趣旨で集まって、カヌー仲間とともに東浜を日の出直前に出発、江ノ島の灯台をめざして約500メートルを泳ぎ、初心者はそのまま岸へ帰り、達者な男女は江ノ島1周6~8キロを泳ぎ、上がってからおしるこを食べるというイベントです。

 残念ながら泳ぎが苦手な私は、毎年岸でテントの荷物番。

 今年は安全監視のライフセーバーを含めて約50人が参加して、6時45分頃、一斉に荒海に出て行きました。

 

 太陽は6時52分頃姿を現し、波に見え隠れしながら海上で皆が騒いでいるのが見えました。

 例年は江ノ島を周る達人たちも、今年は沖の波がきつくて、バディ冒険団の遠藤大哉代表の「安全のため、本当の勇気を出しましょう。1周は断念しましょう」との呼び掛けで、湾内周回に変更。

 最初の泳者が7時26分に岸に帰しました。用意されたお湯を滝で水をかぶる行者のようにして互いに掛け合い、おしるこを食べて体を温め、互いのばかさ加減を笑いあっていました。

 半数以上はウエットスーツを着用していましたが、手や首、足はむき出しなので、水温11~13度の正月は相当に冷たいし、水着のままの「大ばか」泳者は、上がったとたんにがたがた震えていました。

 元旦遠泳としては、かなし本格的な部類で、初日の出を拝もうと岸辺に集まった大観衆からは驚きの声も上がっていましたが、毎年のことでもあり、ことさらには「うけ」ていませんでした。

上がってから「お湯の行水」
上がってから「お湯の行水」

 しょせん、ばかな仲間のやることで、人が見ていても「すご~い」といってくれてもくれなくても、現実には何も聞こえず、泳者には何もわかりません。岸に帰ってくるころには、浜辺にはもうほとんど人がいなくなりますし。

 

 最近のスポーツは、人に見てもらう、感動してもらう、励ましてもらい、といった要素を要求し、それこそがスポーツの素晴らしさだ、などとよく論評されますが、それは違うかもしれません。

 やはり「やる」こと自体がスポーツの本質で、やる人自身の内側に、その本質が秘められているのでしょう。

 さまざまな人が「スポーツとは」を語り、スポーツジャーナリストを名乗っていますが、元五輪代表クラスであっても、周囲や世間の「流れ」に流され、本質を見失っているのを時々見かけます。

 震えながらも海に挑戦した泳者たちがあふれさせる「完泳したぞ、冒険したぞ」という歓喜に囲まれると、一層、そのような思いが強くなりました。

 スポーツを見ることはスポーツではありません。スポーツをすることだけがスポーツなのです。

 

 泳げないために岸に取り残された私は、仕方なくしるこや「お湯の行水」のためにマキを燃やし、釜に湯をわかす係りを担当しました。釜を降ろすときに指に湯をかけて(だからといって手を放したら釜がひっくり返る)手痛いやけどを負いました。

 多分、ばかな仲間の中で、泳ぎもせず、やけどだけして返ってきた私がいちばん惨めだった元旦です。

 ところで。

 年末、フィギュアの全日本で安藤美姫がすばらしいスケートをしてくれました。感動美姫です。採点には少し疑問もありましたが(専門家のやることに間違いはないけれど、主観的には、と意味)本人は「今、できる限りのことをやったのだ」という満足感にあふれ、うれしそうでした。少女から女性への難しい時期を乗り越え、素晴らしい「アスリートの肉体と魂」身に着けて再登場した彼女に、以前とは全く異なった印象や感情を抱きました。

 「乗り越えた」点で、07年のアスリート・オブ・ザ・イヤー」かもしれません。

 スポーツ選手の人生って、すばらしい。

 いつ、どう変わるかわからない。

 逆に、いつでも、大きくも小さくもなれる。自分で自分の人生を選択できる。

 勝つか負けるかまでは選択できないけれど、少なくとも「自分の能力を最大限に外側にあふれ出させる」ことは、自分の努力でいつでもできる。

 いつでも、ばかになれる。

 北京五輪が、そういう「スポーツのすばらしさ」の象徴になることを、願ってやみません。

 ちなみに北京五輪は8月です。

 五輪だ五輪だと騒いでいる人に限って、何月かを知らなかったりして(笑い)。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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