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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」
2007年2月06日更新権兵衛街道20キロ、かんじき履いて難所越え
深雪を踏み分け、1歩1歩…宮ノ越では星空が迎えてくれた
権兵衛街道というおかしな名前の道がある。江戸時代に古畑権兵衛という人が開いた、長野県の伊那と木曽を結ぶ貴重な交易路だ。昨年バイパスが開通したが、それまでは権兵衛峠(1523メートル)と姥神(うばがみ)峠(1280メートル)、2つの峠を越える難路として有名で、冬季は通行止めだった。人馬の苦労をしのびながら、輪かんじきを履いて雪踏みしめて、この山道の核心部約20キロを歩いてみた。木曽の宮ノ越に着いた時は星空だった。
がにまたで
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| 権兵衛峠の頂上は目前。がにまただから、輪かんじきとの相性は抜群だった(長谷川文撮影) | |
飯田線伊那駅から西へ約8キロ。バイパスのトンネル手前を左の細道に入った所が権兵衛峠の上り口、七曲だった。歩き始めると、いきなり道が谷に切れ落ちていた。手ごわい道だ。
初めは靴のままで歩けたが、じきにずぶずぼとひざまで潜るようになった。恐ろしく体力を消耗する。輪かんじきを靴にひもでくくり付けた。使うのは初めてだ。緊張して踏み出すと、まだ10センチほど潜るがずっと歩きやすくなった。
前夜山の自称ベテランに、左右に大きく足を振り出さないと引っ掛けて転ぶと忠告された。余計なお世話だ。生来がにまた、おやじのまたは自然に開くのだ。踏み込むと最後の瞬間に木のしなりで反発し、足元からはね上げてくる。スノーシューにはない味だ。
けれど深雪はつらい。鼻水をぶらぶら垂らして下ばかり見ていたら、竹が数本倒れている個所でルートを間違えた。30分近くもさまよった。こんな山道を荷馬を引いて歩くのは、さぞ難儀だったに違いない。
丸太3本を組んだ小さな橋に雪が50センチも積もっていた。それを蹴散らしながら渡ったら、右に滑ってあおむけのまま4メートル近く墜落した。橋の端は渡るべからず。落ち着こう、一休み一休み。
権兵衛さん
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| 1歩また1歩。雪の上には小動物の足跡があった | |
木曽では米が不足していたが、中央アルプスで隔てられた2つの地方は往来が難しかった。豊かな伊那との交易路が開通したのは1696年(元禄9)。神谷(木曽町日義)のきこり古畑権兵衛さんが代官に掛け合って、伊那の高遠から木曽福島まで道を通した。
深い谷から峠を越える。現代でも難所だ。ほぼいにしえの道に沿って国道361号が地図にはあるが、北に迂回(うかい)して峠に至る部分は崩壊で通行止め。峠から西も冬季は通行止め。姥神峠の部分では国道が途切れていた。
それが昨年2月までに4つのトンネル合計約10キロが完成し、今は高速道路のようなバイパスでつながった。「それで逆に古い権兵衛街道が脚光を浴び始めたこともあり、地元でも自然遊歩道として整備を続け、4月半ばからの新緑の季節には多くの人が訪れてくれます」と、塩尻市役所楢川支所の赤岩幸一さん(43)。「ただこの時期は雪が深くて、歩く人はまずいません。お気を付けて」。
心配してもらったが、そう言われるとやりたくなるのがおやじの心、峠道に似て、七曲がりしてるのだ。1歩、また1歩。ようやく峠に着いたのは11時、3時間がたっていた。水屋や休憩所、記念碑があった。
峠から一気に下ると車両通行禁止の361号に合流した。次の難所、姥神峠入り口の羽渕集落までは快適な徒歩2時間だった。
石仏に合掌
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| 静かに時が流れる姥神峠の頂上 | |
羽渕では、じさまが庭先でまきを割っていた。怒ったような口ぶりで「峠に由緒なんかねえ、雪しかねえとこじゃ」。
自慢げに吹聴したりはしない土地柄なのだろう。けれど、足ごしらえは大丈夫かと案じながら丁寧に道を教えてくれた。また雪を踏んで1時間。姥神峠の頂上には御嶽信仰の石仏がひっそりと雪に埋もれていた。雪を払いのけて合掌した。午後の日が深く差し込んでいた。静かな峠だった。権兵衛さんらの偉業をたたえるらしい碑も見えた。心が安らいだ。
木曽義仲が育った中山道宮ノ越宿までは約6キロだ。竹やぶで迷った時はどうなるかと思ったが、何とかめどがたった。ほっとして腹筋も安らいだ。湯を沸かし、峠とよく似た名前の即席カップめんを食べた。
峠を下った神谷集落に、権兵衛さんの直系という古畑さん夫婦の家があった。みさ江さん(64)がお孫さんとこたつを囲んでいた。「50年前の火災で史料が全部焼けて詳しいことは私も分からないが、権兵衛という人は10代ほどの前の人で、飛騨の郡上八幡(岐阜県)から来たそうです」。国道沿いにはご主人の勝久さん(66=石材業)が私財を投じた伊那木曽連絡道路開通記念碑があった。![]() | |
| 神谷集落では、直系の古畑みさ江さん(前列左)が孫たちに囲まれていた | |
日義公民館木島秀夫館長(74)によると「それ以前には人が荷を担いで峠を越えて、この神谷で伊那と木曽の荷を受け渡していた。古畑権兵衛さんらが馬も通れるようにした。木曽は大いに救われた。伊那の人は木曽の宿場に人馬を提供する助郷を課されて逆に恨んだとも聞くが、それもまた歴史の一部でしょう」。
歴史の道、人間の道。
とぼとぼと国道を2キロ歩けば中山道。木曽義仲館の横を抜けて、JR中央線宮ノ越駅に着いたのは午後7時前だった。星が氷のかけらのように輝いた。
ありがとう輪かんじき。リュックサックの外につるして帰った。さりげなく、でもこれ見よがしに。
◇かんじき 雪上や湿地での歩行補助具。欧州でも紀元前3世紀ごろから使われた。今回の使用品はまゆみの木を麻ひもで組んだダ円形の「輪かんじき」で、東京・新大久保のICI石井スポーツ(電話)03・3208・6601で6300円。軽量簡便だが手入れが必要だ。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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