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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2007年03月27日更新

遠山アマゴの影を捕らえた

名人に連れられ長野・飯田市の秘境で初の渓流釣り

 長野県飯田市の秘境遠山郷で、生まれて初めての渓流釣りに挑戦した。夜明け前に山里深く分け入って、凍える流れにサオを突き出した。剣道の立ち合いにも似た緊張感がたまらなかった。遠山川には<歌詞>小ブナ釣りし ころの懐かしさと野生の自然が残されていた。ここに通う釣り仲間が感謝の気持ちを表したいと、走るイベント「チャレンジマラニックin遠山郷」を4月に開くそうだ。おやじも頑張った。魚は釣れなかったが足がつった。



泡立つ急流

夜明けの遠山川。岩裏のたるみをへっぴり腰で狙ったが・・・(長谷川文撮影)
夜明けの遠山川。岩裏のたるみをへっぴり腰で狙ったが・・・(長谷川文撮影)

 腰を落とし、片ひざを立てて、儀式のように最初のサオを名人は振り込んだ。白く泡立つ急流の岩陰(岩裏)に送り込み、そこからゆっくりとよどみ(たるみ)へ流していった。

 見ているだけで身が引き締まる。気温は2度、水温4度。谷あいの遠山川は夜明け直前の、青みがかった闇に包まれている。地元で第一人者といわれる北沢巌さん(65)には、水中の魚が見えるのだろうか。

 糸の動きは魔法だった。一連の動作の間、たるまず緩まず、それでいて決してぴんと張ることがない。流れのままにエサを流すのだ。「こちらが先に川に解け込めば(魚が食い付いて)糸が少しでも不自然な動きをすればすぐ分かる。その時糸を引く」。人が自然の側に身を潜め、魚を不自然の側に追いやるのだ。「人事を尽くして天命を待つ」に通じる。名人と呼ばれる人の言葉はいつも新鮮だ。

 突然、糸が一瞬だけ張った。何かが光った。遠山アマゴだ。見てはいけないものを盗み見た気がした。

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足がつった

名人北沢さん(右)とベテランの前田さん(中央)に手ほどきを受けた
名人北沢さん(右)とベテランの前田さん(中央)に手ほどきを受けた

 手引きしてくれたのは神奈川県秦野の前田俊さん(45)だ。5年ほど前からインターネットの仲間に誘われて本格的な渓流釣りを始めたそうだ。「遠山のアマゴは顔つきも尾の付き方も独特の野性味に満ちている。上級者向きの難しい川だけに、病みつきになる」。

 5・4メートルの渓流ザオにナイロンの0・2号、針は3号。発泡目印にガン玉4号。仕掛けをセットして貸してくれた。「3月1日の解禁直後にかなり釣られてしまった。でも今残っているのは遠山らしい強いやつです」(前田さん)。エサはキンパク。たるみを狙っておやじも振った。

 振ったはいいが、糸がどこに行ったか全く見えない。やっと探し当てたころには、とんでもないところでつんつんと張っている。遠くを狙って大きく振ったら後ろの木に糸が絡まった。

 冷水が足首からはい上がり、ふくらはぎがびくついた。足がつった。魚は釣れない。とにかく渓流釣りなど初めてだ。「何しろ自分のサオさえ、この何年か使ってないんです」。名人がうふふと笑ってくれた。



残る「田舎」

マラニック開催を喜ぶ地元の木沢地区活性化推進委員会、松下規代志会長(67=左)と世話役の「校長」山崎博文さん(71)
マラニック開催を喜ぶ地元の木沢地区活性化推進委員会、松下規代志会長(67=左)と世話役の「校長」山崎博文さん(71)

 苦闘2時間、サオを納めた。帰り道に旧木沢小学校の木造校舎を訪ねた。

 遠山郷を抜ける秋葉街道は、かつて遠州から信濃へ馬を連ねて塩を運ぶ重要な道だった。けれど道が険しく南の青崩峠は国道が建設できず、北の地蔵峠も冬期は通行止めになる。

 飯田方面には矢筈トンネルが開通したが、地理学の大家中川浩一先生(75)によると「以前の小川路峠には辞職峠の異名があった。赴任してきた公務員があまりの山奥に驚き、峠で辞職を決意するといわれたからだ。遠山郷は隔絶山村だった」。

 だからこそ「田舎」がそのまま今もある。小学校は16年前に廃校となったが、1932年(昭和7年)建造の校舎が郷土資料館として残されている。「小学校は生活の中心だった。廃校当時は皆が元気をなくしたが、保存を決めてから活気が戻った」。地区の人たちは言う。

 そしていい話を聞いた。



旧木沢小学校校舎
旧木沢小学校校舎

 4月14日、食べたり飲んだり景色を楽しみながらマラソンしようというマラニック大会が初開催される。前述の前田さんら遠山川に魅せられた釣り人たちが集まって「この大自然と地元の人に何かお礼をしたい」と話し合った。箱根周辺で10年近くマラニックを主催してきた最勝寺久和さん(46=WOPA代表)らが中心となり、地元に持ち掛けた。大歓迎だった。

 全国からの反応は熱かった。予定の100人をたちまち突破した。「飯田の消防士」選手として活躍した競歩の元五輪代表酒井浩文さん(42=NP0オウルプロ理事長)も協力し、森林鉄道軌道跡など約60キロを走るコースを決めた。

 旧校舎がスタート地点、ゴールは温泉。途中で地元の人たちがそばやまんじゅうを提供するそうだ。



野生のまま

これが遠山アマゴ、顔つきが攻撃的だ
これが遠山アマゴ、顔つきが攻撃的だ

 前田さんが釣ったのを旧校舎の給食室で焼いてもらった。頭まで食べた。いかつい体つきだった。野生のままの味がした。でも住む人も来る人も、遠山郷の人の心はいつも温かい。



 ◆チャレンジマラニックin遠山郷 4月14日、飯田市南信濃・上村地区約60キロ(高低差700メートル)制限10時間、7000円【追加エントリー】本紙愛読者先着5人、事務局(電話)090・8847・1751 http://run-tohyama.com/index.html



 ◆伊豆・河津でも 21日、自由なランを楽しむ「ユネスコ河津マラニック」が行われた。30年前からマラニックの概念を提唱してきた群馬大山西哲朗教授(63)ら約150人が健脚16キロなど3コースに分かれ、途中で弁当を分け合ったり談笑しながら春の里山を駆け抜けた。午後はコンサート、順位もタイムも一切付けなかった。マラニックはマラソン大会を超える「ふれあいイベント」として各地で歓迎されており、日体大森川貞夫教授(67)らの呼び掛けで全国組織設立への動きもある。おやじも参加、道にこぼれ落ちた夏ミカンを拾って食べた。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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