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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」
2007年06月19日更新ぼんやり歩いた、道が開けた
高尾山縦走…肩が痛み、頭しびれて
山歩きの科学が中高年の間で関心を呼んでいる。後れをとるまい。おやじも「正しい歩き方」を身に付けようと決意した。あえて25キロの荷を背負い、山の名人星野貢さん(59)の指導で東京・高尾山を縦走してみた。楽をしようとタンクから水を抜いたら、歩くたびにチャッポンチャッポン。中で水が暴れて逆効果になった。ばからしい、こんな難行苦行2度とやるものか。不思議なことに、そのあきらめから道が開けた。
チャッポン…背中が揺れる
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| 陣馬山にようやく着いた。心の脂も汗と一緒に体外に出て、少しは「歩き」が分かった気がした | |
高尾山口駅前のガソリンスタンドで、20リットル用のタンクを満タンにした。カメラ機材を含むと、荷は合計27、28キロになる。これでは重すぎる。歩きだしてから名人の目を盗み、こっそり2、3リットル水を捨てた。
すぐにばれた。1歩歩くたびにチャッポンチャッポン音がするのだ。満タンの方が楽だった。タンクの中で水が踊って、背中が大きく揺すられる。歩きにくさが倍加した。立ち止まっても余震のようにゆらゆら揺れて、酔いそうだ。
覆水盆に返らず。仕方ない。揺れる25キロを背負ってアップダウンを繰り返し、17キロ先の陣馬高原下のバス停まで歩くのか。
どんどん抜かれた。高尾山は小学生の遠足コースだが、家族連れから自然観察のエコ派の団体、走り抜けるトレールランナーと、まるで登山者の見本市だ。その全員に道を譲った。
名人がまた超遅いのだ。鳥が鳴いた、花がきれいだといちいち立ち止まっては振り返る。荷が重いから早く行きたいが「はいはい、今行ったお尻もきれいでしたね」と、調子を合わせた。名人には逆らえない。
心の力み消え訓練の第1歩
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| 合計25キロは孫2人分。長距離がかなりこたえた | |
名門山岳会「岩峯登高会」の代表で、海外遠征も豊富な人だ。「正しい歩き方が先にあるのではない」と諭された。「それを見つけるために歩くのだ。重い荷を背負って歩けば、自分に合った最も自然な歩き方を会得する。高等技術もすべて歩きが基礎になる」。
昔の人が30~50キロを背負って歩いて訓練したのもそのためだろう。今の中高年は軽い荷でバタバタ歩くが「それだけではいくら登山回数を重ねても、山の歩きは完成しない」とも。
それなら本格的に私をしごいてと頼んだのだが、25キロは孫2人分。集中しないとよろけてしまう。山頂まで普通タイム1時間40分のところを2時間かかった。早く勝負を決めたいが、この調子ではあきらめるより仕方ない。ばかな挑戦だ。肩が痛む、頭がしびれる。考えるのもおっくうになってきた。
その時初めて星野さんがにやりと笑った。「そんなふうに心の力みが消えて、ぼんやりするまで歩くのが訓練の第1歩。本来の自分の歩きがつかめるようになる。かかとやひざを大きく上げず、次に足を置く場を1歩また1歩と本能で探して歩く。これがコツだ」。
分かった気が少しした。
夫婦ランナー嬉しい出会い
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| 重装備のおやじの横を、坂上さん夫妻が足取り軽く走っていった。笑顔がうらやましいかった | |
専門誌「岳人」で、鹿屋体大の山本正嘉教授が「登山のトレーニング科学」を連載していて面白い。足と肩を同じ方向に動かす2軸歩行なども紹介している。
ぼんやり歩きをしているとよく似た自然な動きになってくる。足と腰が同じに動く。欲や自我が消えるところに、一種の悟りがあるのだろうか。不思議なものだ。
気持ちもにわかに明るく開けた。出会う人が皆友人に見えてくる。軽装で駆けてくる若いカップルがいた。2人そろって同じ笑顔で楽しげだった。一丁平で声を掛けた。「陣馬まで往復して来たんです。主人が冒険好きだったので私も引き込まれて。走るのは私の方が得意だけれど、ここ1、2年はいい勝負。仲良しそう? コイツだけにはと、互いに相当なライバル心を燃やしてるんです」と、坂上圭子さん(38)。
久志さん(39)は10年ほど前、右腕を切断する事故に遭ったがわずか1年で現役復帰。子育て中は活動を休止していたが、最近また夫婦でレースやトレールランを楽しんでいるそうだ。「めげない、投げない、負けないよ。目指せ最高齢ランナー」と、ブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/vmax1200_yamaha2003/32710217.html)に書いていた。勇気をもらった。こういう出会いがうれしかった。
無駄な力なし絶妙なペース
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| 星野貢さんの鍛え抜いたすり足歩行 | |
星野さんは音を立てない「すり足歩行」だ。無駄な力を全く使わない。優しく足で地球をなでている。
そのゆっくりさに初めは戸惑ったが、慣れるに従って歩きも無理なく速くなり、約1時間の休憩を入れても一般タイムとほぼ同等だった。上りでさえ平均心拍数がジョギング相当の130を超えていなかった。この絶妙なペース配分はかなりのベテランでも難しい。
2時間目から小休止のたびに何か食べたので、4時間目以降も元気が保てた。
脂ぎった心さえ抑えれば、初心者でもけっこう歩けるものだ。多くを学んだ。
山本教授が昨年11月号で「登山での消費エネルギーの試算」を紹介していた。アップダウンと荷物の負荷を「山本方式」の指数で計算すると、今回の縦走は八ケ岳を上回る数値になった。平均心拍数は114と低めだったから、体脂肪が完全燃焼したらしい。2日後には体重が2キロ半減っていた。息せき切った短縮登山では、筋肉は疲れるが減量効果は期待できない。
この教訓を忘れまい。そうだ、次は北アに行こう。タンクは空のまま行こう。重そうに歩けば、むふふ、名人にも分かるまい。
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| 星野貢さん | |
◇星野貢さん 若いころは北ア・剣岳で小屋番もしたそうだ。「遭難者を背負うのが一番つらかったな。遺体を二つ折りにしてね。大学の夏合宿から脱走した新人を捜しに行くのも大変だった。でもそういう厳しい訓練の中から真の登山家は育ってきたね」。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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