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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2007年07月31日更新

FALLに落ちて…滝壺泳ぎ

台風直後の丹沢へ、増水した沢、岩打つ濁流は予想以上だった

 流れ落ちる水の塊を見た途端、勇気のブレーカーがバチンと落ちた。滝壺(たきつぼ)が地獄の釜のように泡立っている。おぼれる前に水圧につぶされそうだ。台風4号が通過した直後、「悪条件の登山も勉強したい」と神奈川・丹沢に出掛けた。1人では無理だ。山の指南役、星野貢さん(59=岩峯登高会代表)に先導を依頼した。増水した沢は予想以上に暴力的だった。滝壺泳ぎを初体験した。夜、うなされて発熱した。



太鼓のような流れの音が

雨の残る丹沢山塊、沢は暴力的だった。F5の滝の少し上、生まれて初の「滝壺」泳ぎを体験したが(星野貢撮影)
雨の残る丹沢山塊、沢は暴力的だった。F5の滝の少し上、生まれて初の「滝壺」泳ぎを体験したが(星野貢撮影)

 先々週、台風と梅雨前線が日本上空で格闘した。前線が押し出しで勝った。関東地方は直撃を免れたが、おかげで豪雨の連続。普段は乙女のような渓流が不良化し、ガングロのような乱流・悪流になっていた。

 丹沢・水無川本谷の沢は「初心者にも人気の一般向きコース」とされているのに谷全体に水があふれ出て、どこが凸でどこが凹かも分からない。

 雨にえぐられた林道を歩いて約1時間。登り口に近づくと、どんど、どんどと、太鼓のような流れの音が響いてきた。

 最初の10メートルの滝F1からしてすごかった。普段は心地よく水を浴びながら左側を「シャワークライミング」するのだが、激流が岩を覆っているから、ルートが水に隠れて足場も見えない。左奥の回避ルート(巻き道)をたどったが、それすら鎖がぬれて手ごわかった。

 滝には下から順に番号がついている。次のF2(6メートル)は大岩をくぐって登る予定だったが、岩そのものが水に洗われて水没していた。ずぶぬれになって大岩をはって登ると、手が滑った。転落1号、水の中に落ち込んだ。全身、乾いた個所はもうどこにもなくなった。尻がちびたい、おしっこしたい。



五感が鈍ると転びやすく

さけそうなほど股(また)を開いて、沢を横切る
さけそうなほど股(また)を開いて、沢を横切る

 F3(10メートル)は最初から左の巻き道を使ったが、鎖を使っても体が宙に浮いた。最後の数歩は水中に没した岩角を飛び移った。落ちそうになって悲鳴を上げた。舌をかんだ。

 細い流木が皮をはがされ、丸裸になっていた。きっと悪代官に帯を引っ張られる町娘のように、上流から転がされてきたに違いない。昨年の初夏も小菅川(奥多摩)で敗退したが、源流に近い山中の沢がこれほど危険とは知らなかった。

 高尾山で「歩き方」指南を受けた本欄の山の師匠、星野さんが先を行く。いつになく真剣で、めったに振り返らない。自力で付いてこい! 背中がしかっている。分かっていても腰はつい引ける。被害を食い止めようと、何度も自分から水中に尻もちをついた。はいたままでパンツの洗濯だ。

 星野さん「こんな日は、1度すくんだら動けなくなる。この激流では後戻りも不可能だ。山の怖さを知ることも大事だが、困難を自分で乗り越える意志力も大切だ。そもそも人間には静止状態でのバランス感覚もあるが、犬や猫のように動きの中でバランスを取る能力もある。五感をフルに使えばそれを生かせるが、恐怖に負けると五感が鈍る。一層転びやすくなる」。



浮足立って底が探れない

星野貢さん
星野貢さん

 「分かりました」。紫色の唇で返事はしたが、F4を右から越える時には水圧で落ちそうだった。13メートルのF5では腰までつかって激流を横切った。  その直後、滝が2段に落ちていた。生涯初の滝壺泳ぎが待っていた。「あの釜を横切って右に行ってみろ」師匠が命じる。

 水塊が落下してくる。つぶされそうだ。滝壺は泡だって、まるでそうめんのゆで鍋状態だ。勇気のブレーカーがバチンと落ちた。怖い物見たさもあって、悪条件下の登山を志願した。でももう十分だ。本日分の根性は使い果たした。「また次の機会に」。「今更何を」。背中をどやされた。  ところが。いざ落ちてみると深さは腹までで、生の雨水だから冷たくもない。拍子抜けした。緊張が一気に解けた。イエーイ! 大人が子どもになる瞬間だ。

 その時、水中で足が岩にぶつかった。頭から転んでどどーんと流された。調子に乗ると世の中怖い。子どもが大人に成長する瞬間だ。背中のリュックサックが浮輪になって沈みはしないが、体勢が不自然だ。必死に足を動かすが、文字通り浮足立って底を探れない。

 ひざを折ってから下に伸ばせばその場に立てる。小学校のプールで習ったことも、焦ると忘れる。



慌てずに待つ大切な技術

F4付近。鎖を頼りに必死に登る。足場が激流に水没していた
F4付近。鎖を頼りに必死に登る。足場が激流に水没していた

 けれど学んだことは多かった。「危ないことも体験しないと、本だけでは『登山の安全』が身に付かない。ただし慎重に、段階を追って体験すること。謙虚になること」(星野さん)。

 水量も、帰りには驚くほど減っていた。増水も急だが高所ほど引くのは早い。「慌てずに待つのも、大切な山の技術」とも。

 本谷には塔ノ岳(1491メートル)頂上直下まで9つの滝がある。この日はF5で中断し、谷を横切る書策(かいさく)新道を歩いて下りた。3時間、恐怖の連続。体の冷えにも気付かなかった。その夜、風邪で発熱した。うなされて、おぼれる夢を見た。

 台風はもうけっこうだ。次はほろ酔いのお月見登山がいい。後学のため、好条件の山も勉強しておこう。



調子に乗って転んで流された。おぼれそうだった
調子に乗って転んで流された。おぼれそうだった

 ◇泳ぎ 沢登りでは、両側が切り立った個所(廊下)や滝壺などの通過で「泳ぎ」が必要になることも。東京近郊では奥多摩の梅沢、丹沢の小川谷などが名所。リュックサックの中身はビニール袋で防水。水温が低いので渓流シューズ、スパッツ、着替えなど装備は慎重に。「必要なら補助ロープを。経験者の同行が不可欠」(星野さん)。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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