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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2007年08月28日更新

投げて知る純粋さと潔さ、砲丸びいきする!!

12回トライして、オヤジ“自己ベスト”6メートル

 大阪の熱気に負けてたまるか、こっちは個人陸上だい。へそ曲がり度では日本代表クラスのおやじ編集委員が、ただの気まぐれから「砲丸投げをやろう」と思い立った。元日本王者で成田高コーチ時代にはハンマー投げの室伏広治らを育てた名将小山裕三さん(51=日大監督)に掛け合い、世界陸上開幕直前に手ほどきを受けた。その一瞬に自分を出し切る快楽と苦痛。6投目に6メートルをマークした。世界記録23メートル12の4分の1だった。



右腰ぎぐっ

小山さんの親身の指導を受けた。なんとか格好は付いたものの、直後に鉄球はどぼっと落下。世界新には届かなかった(吉村純撮影)
小山さんの親身の指導を受けた。なんとか格好は付いたものの、直後に鉄球はどぼっと落下。世界新には届かなかった(吉村純撮影)

 最後の1投だと勢い込んだ時、右腰の内側からぎぐっという音が聞こえた。「右自己ひねり」の大技が決まったらしい。

 小山さんが寄ってきた。「苦労砲丸よしとけ(九郎判官義経)というくらいですから。このぐらい覚悟の上です」。笑ったら、砲丸を押し付けていた右あごの筋肉までつった。

 でも、これでいいのだ。先週モトクロスで左腰を痛めた。動きがぎくしゃくして困ったが、これでバランスが取れる。腰痛両成敗、かかりつけの南浦整骨院(東京・三鷹)でも治療しやすいと喜ばれるだろう。

 「ありがとうございました」。東京・世田谷の日大陸上競技場に深々と頭を下げた。大阪まで出掛けなくても、陸上競技の神髄に触れることができたのだ。

 砲丸投げは動作開始から球を投げ放つまで2秒足らず、最も短い時間で勝負が決まる。作戦も駆け引きもない。その原点的な競技に1度挑戦したかった。

 小山さんとは成田高コーチ時代からの知り合いだ。大阪では投てき全般のテレビ解説もするという。「盛り上がります、来ますか」。ふん。自己中おやじは人の応援より自分が活躍したいのだ。「代表選手より僕に砲丸教えてよ」。またぞろ無理なせがみ癖が出た。



鉄球ずずん

右端が7・26キロの一般用で直径120センチ。中央がおやじが使った旧規格の高校男子5・4キロ、左が中学男子4キロの砲丸(現在は各6キロ、5キロ)
右端が7・26キロの一般用で直径120センチ。中央がおやじが使った旧規格の高校男子5・4キロ、左が中学男子4キロの砲丸(現在は各6キロ、5キロ)

 「引退してから25年だからなあ」と言いながら体をかがめると、そのまま一気。まるで全身の筋肉が爆発したかのようだった。一般用、7・26キロの鉄球がずずーんと空に延びて、14、15メートル辺りに地響きを立ててと落ちた。

 どしん。すごい迫力だ。

 旧規格の高校用5・4キロの球丸があった。何度か空砲を放ってから「では」。手に持つと軽いが、構えると途端に重くなる。

 後ろ向きに構えて左足を後ろに伸ばす。かがみ込みながら左足を戻し、そこから爆発するのだ。左足を蹴り出しながら右足で強く体を押し出す。左足の着地と同時に半回転、発射する。これがグライド投法だ。

 回転投法もあるが複雑だ。「単純な方がいい」。

 単純だと思ったが、意外に難しい。左足の着地で動きが止まる。そこから強引に投げるから「手投げ」になる。いった、と思ってかなたを見るが球はない。すぐそこ5メートル辺りに落ちている。再挑戦したら扇状のラインの右外に飛んだ。ロストボールの心配はないがゴルフならOBだ。



会心の動作

まず「空砲」状態で手取り足取りの指導を受けた
まず「空砲」状態で手取り足取りの指導を受けた

 力がうまく入らない。腹立ち紛れに連投、連投。汗が脇腹を流れ落ちた。腰が砕ける、左側に壁が作れない。第一、拍手がない。こんなの、どこが面白いの。

 小山さん「すべてをその一瞬に懸ける潔さかな。あまりに単純であまりに純粋。地味でめったに脚光を浴びないだけに、その一種ばかげた部分が逆にたまらない魅力なんです。あと1センチ、あと1センチと自己ベスト更新に必死になる。1センチ伸びても別に世の中変わらない。でも毎日夢中で投げ続ける。そこがいいんですよ」。

 雨の日も風の日も、どすん、どすん。ひたすら「あと1センチ」を目指す。だから悦楽の密度も高い。

 小山さん「勝利の瞬間より感激するのは、すべてが1つにまとまって会心の動作が決まった時。えいっと頑張るのでも、力が入るのでもない。まるで透明な無重力の宇宙を通り抜けたような感覚で、気がついたら投げ終わっている。その不可思議な瞬間を1度でも体験すると、もうほかには何も要らなくなる」。



真の競技者

だいたいのフォームはまねしたが、肝心な所で腰が砕けて力が入らない。小山さんの「筋力爆発」投法には程遠かった。
だいたいのフォームはまねしたが、肝心な所で腰が砕けて力が入らない。小山さんの「筋力爆発」投法には程遠かった。

 必死に投げていたら指が痛くなった。長身の選手が見物していたので「君、アスレチックテープ持ってない?」。声を掛けた。「はいあります、白でいいですか」「ああいいよ」「取ってきます」。小山さんが笑った。「棒高跳びの沢野大地君です」。日大出身、小山さんの教え子の1人。大阪行きの前、恩師にあいさつに来て待っていたのだ。

 駆け戻ってくると「けがしないように、頑張ってください」。激励してくれた。話が逆だ、沢野ファンに殴られそうだ。でもなんてすごい選手だろう。大試合の前なのに、ばかなおやじを心配してくれたのだ。

 小山さん「成田高時代、故滝田詔生監督から『真の競技者とはライバルや周囲の人のことも考えて、いつも世の中に感謝ができる選手のことだ』と教えられた。だから選手にもそう指導している。沢野君もその精神を受け継いでくれた」。

 どすんときた。腹で魂の砲丸を受けたようだった。

 結局12回投げて、最高が6メートル。最後は右腰を痛めた。

 でも悔いはない。砲丸は合格未満でも、真の競技者精神に生で触れたのだ。

 沢野頑張れ、魂で大阪を応援するぞ。



「頑張ってください」と沢野選手(左)に激励された。話が逆だ。
「頑張ってください」と沢野選手(左)に激励された。話が逆だ。

 ◆小山裕三(こやま・ゆうぞう)千葉県出身。成田高、日大卒。78、79年の日本選手権砲丸投げに優勝、80年の日中対抗で自己ベスト16メートル58。成田高コーチから日大コーチ、監督へ。世界陸上大阪大会の畑瀬聡(砲丸投げ)沢野大地(棒高跳び)室伏広治(ハンマー投げ)村上幸史(やり投げ)をはじめ多くの代表選手を指導育成。日大教授。



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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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