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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」
2007年09月25日更新李文培さん「極点」を描く
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中国伝統の京劇の舞台美術を40年間以上も指揮した李文培(り・ぶんばい)さん(70)が、描きためてきた「三国志」ほかの京劇人物画50点を10月3日から東京・新宿で一般公開することになった。1枚の絵画から曹操らの英雄が、ドラマが、歴史までが躍り出してくるような作風は高く評価され、来年の北京五輪の芸術祭にも出展を依頼されている。同じ極点を求めるスポーツと絵画。来日した李さんに話を聞いた。
京劇人物画50点、新宿で一般公開
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| 龍は大きくもなれる。小さくもなれる。玄徳と酒を酌み交わしながら、曹操は言い放った。李さん最高傑作の1つ | |
龍は大きくもなれる、小さくもなれる。宙へ飛ぶことも、波の下に隠れることもできる。時は春。人もまた変化する。
魏の曹操が劉備玄徳に対こう言い放つ。そのせりふを背景に、最強の武将のすべてが1枚の絵に描かれている。曹操が語る。にらむ。動く。絵の中から飛び出してくる。
李先生「役者が動きを終え、静止して型を決めようとする。その瞬間をとらえるのです。止まってからではもう遅い。かといって動いている最中ではまだ気が集中してこない。動のエネルギーが静かな1点に集まりきるとき、役者が、英雄のすべてを語ります」。
スポーツの極点にも似たその一瞬を絵画にどうとらえきるのか、京劇人物画で右に出る者のない李さんの語る「極意」だ。
58年、難関の中央戯劇学院美術科に入学。全国でわずか13人、北京からはただ1人の合格者だった。卒業後文部省に就職したが「書類を見るばかりでは鍛錬した絵の腕の筋肉が衰える。現場に行かせて欲しい」と1カ月で中国京劇院へ。初の大学卒の美術監督として直ちに活躍し始めた。
李先生「京劇は伝統芸術で、原則的にはそれを守るのが使命。勝手な変更は許されません。ただ、すでに実績のある役者たちとよく話し合い、ごくごくわずかの背景や構図に変化を試すことがあります。枠が強固だからこそ挑戦の意志が高まり、知恵や努力が実を結ぼうとするんです。伝統が人を進化させます」。
スポーツに似て、自我の重力を失う一瞬に力が入る
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| 行軍に際し「決して畑を踏むな」と命じた曹操だが、馬が暴れて苗を踏んだ。曹操は髪を切り落としてわびた | |
美術監督の責務を果たしながら、時間を見つけては自分のための絵を描いた。絵を始めたのは12歳の時からだった。
李先生「舞台の人物画は、舞台をよく知らなくては描けない。外側から見て決まりの型を描くことは誰でもできるが、私はただ形を描くのでなく、役のことも役者のこともすべて理解した上で、内側の心を描こうとしています。京劇の場合は役者も裏方も同じ所で生活を共にします。だから呼吸までも互いに知り抜いています。そして私自身もせりふや所作をすべて覚えているのです。描く時は録音を聞きながら、心の中で自分でも演じてみます。するとおのずから『ここだ』という瞬間が見えてきます。そこを筆に託します」。
77年に早くも歴史人物画「曹操」が全国美術展に入賞。80年には「万里の長城」の修復のための作品を寄贈して政府から表彰。北京五輪にも出展を要請されている。92年以来、日本では個展7度目となる。
李先生「そう、来年は五輪ですね。絵とスポーツはよく似た部分があります。集中が極まると、ある瞬間に宙を舞うように自我の重力を失い、内側から何かがあふれ出してくる。そんな一瞬に、多分選手たちは信じられないような演技をし、世界新記録を出すのでしょう。絵も同じです」。
毎朝太極拳で体をほぐし、プールに行くそうだ。「今はもう300メートルも泳げばたくさんです」。
自身の力で勝利を奪おうとする曹操の生き方に魅力
スポーツと芸術にはもう1つ共通点があるという
李先生「華やかに見える大舞台での演技も、血の出るような毎日の鍛錬の積み重ねにすぎません。五輪はいわばそれぞれの人生のピラミッドの頂点ですが、その高さを決めるのは底辺の大きさです。私の絵も1枚に1カ月を要しますが、作品として出せるのは5枚に1枚。4枚は失敗作です。絵は難しい(笑い)」。
西遊記や水滸伝の作品も多いが、やはり三国志、それも曹操への思い入れは格別だ。やや見直されたとはいえ、日本では曹操は敵役である。
李先生「中国でもそうです。京劇では悪役、敵役は顔を白く塗り、初めから役の善悪が明示されます。ただ、周囲を見回しながら人を使い、人に頼って上手に自分の居場所を探す玄徳より、あくまで自身の力を出し切って勝利を奪おうとする曹操の生き方には、捨てがたい魅力があります。彼こそ本当の『雄』に値します。芸術家タイプの人なら皆そう思うでしょう」。
そうではない政治家や商人タイプの芸術家や競技者が、今は多くなった。思わずおやじの本音をぶつけたら「おう、握手をしましょう」。大きくて、柔らかくて、温かい両手だった。もっとごつごつして、たこができた手かと思ったら、まるで大地に優しく包み込まれるような気がした。
苦労の時代もあったに違いない。66年から76年まで文革の嵐が吹き荒れた。
李先生「伝統劇は中止。現代京劇しかやらせてもらえませんでした。でも、私は驚かなかった。他人の軒下を通るときは身をかがめます。また、栄辱不*(えいじょくぶりょう)。他人の評価などにいちいち惑わされる必要はない。大きな波も来れば小さな波も来る。いっときの運不運におびえてはいけません」。*りっしんべんに京*
曹操の絵を、じっと見る。曹操が、いつの間にか李先生の顔に代わる。これは本当は龍なのか、曹操なのか、李さんなのか、分からなくなっていく。
10月3日~
「京劇」三国志人物・山水画を描く李文培展 10月3~9日 小田急百貨店新宿店本館6階美術画廊(主催=日中文武国際芸術研究学会、後援=中国大使館、日本中国文化交流協会、社団法人日中協会)連絡先=創通電話03・5684・0211。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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