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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」
2007年11月15日更新盲目の冒険家マイルズさんの「少しクレージーな人生」
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| 今年4月、マイルズさん(後席)は超軽量飛行機マイクロライトを音声ガイド装置を駆使して操縦し、ロンドンからシドニーへの冒険飛行に成功した |
もう目で見ることはできないが、感じることはできる、信じることもできる。30歳で視力を失った英国の冒険家マイルズ・ヒルトン・バーバーさん(57)は「少しクレージーな人生」を思い切り楽しんでいる。英国からオーストラリアまで超軽量飛行機(マイクロライトエアクラフト)で飛行するなど、同氏の数々の冒険が世界の視力障害者に大きな勇気と支援を与え続けている。英国スタンダードチャータード銀行東京支店の招きで先月来日した。
00年南極横断へ
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| 南極大陸横断もパートナーのジョン・クックさん(右)と一緒だった |
00年11月、パートナーのジョン・クックさんとともに南極横断に出発、極点を目指した。ジョンさんが誤って斜面を滑落した。
マイルズさん「岩のような氷がごろごろしている場所で、巨大なクレバスが口を開けていた。ジョンははるか下に落ち、私は1人その場に残された。スキーをはいていたので、ストックを突いては恐る恐る半歩ずつ踏み出したが、いつ奈落の底に転落するか分からない。パニックに陥りそうな恐怖を味わった。これまでで最悪の体験だった」。
極点到達はあきらめたが。盲人としての横断記録は歴史に残った。生還したからこその快挙だった。逆に最も感動した瞬間は?
マイルズさん「同じ年の4月、キリマンジャロの岸壁に取り付いた時だった。私が盲目だと気が付くと、周囲の登山家がむちゃだからやめるべきだと騒ぎ出した。ジョンは『我々はロープだけでなく、ロープよりもっと強い信頼という絆(きずな)で結ばれている』ときっぱり宣言し、1動作ずつ『右手を斜め右上に20センチ』『左足を真上に30センチ』と指示を出し始めた。私はその通りにはい上がり、とうとう30メートルの垂壁を征服した。信頼という彼の言葉に魂が共鳴した感じだった」。
失明の兄も冒険挑戦「何ができるかを考えろ」
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| 06年には深海の冒険にも挑戦した |
「昔はどちらかというと自信のない、消極的な少年だった」と苦笑する。
父親が民間航空関係の仕事をしていた関係で、パイロットを目指していた。18歳の時、父の赴任地ローデシアで英空軍の試験を受けたが「視力に難あり」とはねられた。21歳の時に「将来完全に失明する」と正式な宣告を受けた。夢は奪われた。家系的な遺伝が原因だった。
「夢見ていた人生が遠のいた。実際に30歳で失明した。その間に結婚し、子どもも3人できたが、50歳の転換期までは、真の勇気はわいてこなかった」。
転換期。
マイルズさん「2歳年上の兄ジェフリーの冒険が契機となった。彼も失明していたが、くじけなかった。音声ガイドのハイテク装置を使って南アフリカからオーストラリアまで、ヨットの単独航海をやってのけた。その時『自分の環境が問題なのではない。自分の姿勢が問題なのだ』と私に言った。自分の人生の鍵を握るのは、目が見えるとか見えないとかではない。両耳の間15センチにすべての選択権があるのだと。何ができないかではなく何ができるかを考えろ、と」。
その言葉で普通の失明者の人生から「クレージーな冒険人生」へと、すべてが変わった。変えたのだ。
ジョンが氷壁でスリップ…ロープ握り助けた
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| 99年、熱砂のサハラ砂漠横断に挑戦したのが始まりだった |
無二の親友、ジョンさんと知り合ったのもちょうどそのころ、8年前だった。
マイルズさん「私も何かやろうと、サハラ砂漠横断マラソンへの出場を計画した。住んでいるダービーシャーでジョギングしていると『一緒に走ろうよ』と声を掛けてきたのがジョンだった。気軽にサハラに同行してくれた。それからはいつも一緒に笑い、一緒に難関をくぐり抜けてきた」。
カタール砂漠の7日間レース。時速200キロでスピンした「マレーシアGP」。ヒマラヤ登山、ボブスレーの試走、熱気球、スカイダイビング。あらゆる冒険の旅をしてきた。それを講演やブログで発表した。視力障害者だけでなく、健常者にも「生きる」ことの勇気を伝えてきた。
マイルズさん「逆にジョンを助けたこともある。スコットランドの氷壁で彼がスリップした。私は音でそれを察知して、次の瞬間には確保ロープを握り締めていた。ジョンは宙づり状態になったが墜落を免れた。『落ちるのがよく分かったね』『見えない分、耳がいいんだ』。ジョンも私を信頼しきっていた。友情と信頼は人生を変えるのだ」。
自分の記録よりも…チャリティー精神を優先
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| 来日したマイルズさん(スタンダードチャーダード銀行東京支店で) |
今年4月30日、小さな飛行物体がオーストラリアのシドニーに到着した。100馬力エンジンを積んだマイクロライトにはマイルズさんと補助パイロットが乗り込んでいた。ロンドンから55日間2万1721・5キロの空の冒険だった。
スタンダードチャータード銀行の行員らが中心となって、回復可能な視力障害者への支援プログラム「Seeing is Believing」が03年から世界で展開されている。それに協力した企画だった。
マイルズさん「悪天候で日程が2日遅れた。途中のチャリティーイベントをキャンセルして直行すれば、マイクロライトの新記録達成が確実だった。私は迷ったが、結局『個人の名誉や栄光が何になる』と記録を放棄し、予定通り寄港地に降りた。おかげで発展途上国の何十人、何百人もの子どもたちが白内障の手術を受ける資金が集まった」。
心の内側の冒険に勝った。BBCのドキュメント番組は大反響を呼んだ。
世界が拍手した。
「次? ジェット機による音速突破かな」。パイロットになりたいという少年の夢は、結局果たされたのだった。
◇マイルズ・ヒルトン・バーバーHP http://www.mileshilton-barber.com/
◇Seeing is BelievingプログラムHP http://www.standardchartered.co.jp/japanese/seeing.html
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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