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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」
2007年11月29日更新赤城山でヒルクライム、下りは「忠治」で
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| 逃げるか忠治! ふん、捕まるものか。おやじ、こういうことにはすぐはまる。桜場さん(右)が伴走してくれた(長谷川文蔵撮影) |
群馬県伊勢崎市では、今なお国定忠治のファンクラブが健在だ。赤城山をふもとから自転車で上るヒルクライムに出掛けた帰り、地元「忠治だんべ会」の桜場弘美親分(52)に連絡してみた。「雪の赤城に自転車でアタックするなど、物好きな人だ」と笑われたが、そういうくだらないことをまじめにする人こそ大歓迎だと、三度笠(さんどがさ)と合羽(かっぱ)を持って来てくれた。「さあ、これを着て走りなさい」。えっ?
雪に見舞われ冷えきった
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| コース後半は恐る恐るの雪面走行。力むとすぐ滑る |
これを着て、と言われてもこの峠道は天下の公道だ。冗談でしょうと思わず身を引いたら、何ならこれも差しますかと、模型の脇差しまで取り出した。冗談じゃない。銃刀法違反で役人に追われたら、自転車では逃げ切れない。
山からの下り道、忠治温泉の入り口で落ち合った桜場さんは面白い人だった。
向こうもそう言った。「あんた、新聞記者にしてはユニークですねえ。上はさぞ寒かったでしょう」。
寒かったどころではない。天気図では晴れ。美しい日本の秋を満喫しながら頂上の大沼、小沼で弁当を食べようと、気軽に出掛けたサイクリングだった。
ところがふもとの赤城神社からいくらもいかないうちに、白い物が舞ってきた。長袖は着ていたが、冬支度ではない。軍手や靴の先に雪がしみてきて、感覚がやがてなくなった。
寒いのはまだいい。
路肩に雪がうっすらと積もっているなと警戒していると、次のカーブの先は路面が真っ白。後輪がスリップして先に進まない。通常は1分間60~70回転で山を上るのだが、それを40回転まで落とし、そっとそっと、孫をなだめるようにしてこいだ。抜き足差し足、忍び足。まるでこそ泥だ。
必死にこいで…60歳前後平均タイム
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| 皮肉にも、ゴールしたらこの晴天。冷えた腰が痛かった |
それでも困った。斜度のきつい所は大きく蛇行してごまかすのが、おやじの上り方。それができない。S字など描けば転ぶに決まっている。真っすぐ以外に道はない。これが苦しい。
座ったままだと筋肉がけいれんするから、時折は腰を上げて「ダンシング」でこぐのだが、重心が高くなれば当然不安定。
マシンは借り物の「アマンダ24インチスペシャル」だ。航空機用のカーボンを使った名品だから、こけて壊したら一大事。寒さと緊張で震えながらこいだ。
全国の峠に設定されている標高差1000メートルのコースを好きな時にアタックして、タイムを自分で申告する「アタック21」という人気プログラムがある。赤城山もその1つ。
必死でこいだ。距離は12・8キロと短いだけに急坂の連続だ。最後は夢中、ゴールに定められている富士見村との境の標識を思わず見過ごすところだった。その先が凍った下り、止まらなくて冷や汗をかいた。1時間25分09秒、60歳前後のサイクリストの平均タイムだ。なんとか合格か。
おしっこが「逆さつらら」になって上ってきそうなほど山の上は寒かった。桜場さんにはそこから電話した。「すぐ行きますよ」。
逃げるか忠治!!
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| 忠治茶屋の前で、だんべ会の親分桜場さん |
ファンクラブの親分さん、実は自分もローディー(自転車乗り)で、広域自転車道を走り回っているそうだ。160万円のレーサーに乗ってきた。勧められるままに、物は試しと合羽を羽織った。何か楽しそう。
いざ走りだすと、マントを翻したガッチャマンのようでもあり、ようじでもくわえれば木枯し紋次郎。他人が見たら正気とは思うまい。民家が増えるところまでそのままの格好でどんどん下った。乗用車と擦れ違うと恥ずかしかったが、三度笠に手をやって目深にすれば気にならない。なるほど三度笠とは便利な物だ。
帰りに伊勢崎市内、桜場親分の店に招かれた。名前も忠治茶屋、みそだれを塗った焼きまんじゅうが名物だ。造りが古めかしい。国定忠治が捕らえられた館が解体された時、その材を使って先代がそっくりここに建て直したという。
桜場さん「ばかげたことかもしれないが、地元の英雄にロマンを感じ、伝説を楽しむことは無意味ではない。史実も大切だが、我々は忠治のいい部分だけをクローズアップして伊勢崎市をアピールしたいのだ。そういう会を結成した。それでいいだんべ(笑い)」。
5年前に発足した忠治だんべ会は目下会員70人。伝説の「いいところだけ楽しむ」が何とも小気味よい。
「忠治だんべ会」桜場“親分”の郷土愛に触れ温ったけえ
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| 遺恨の象徴だった島村の伊三郎の墓(伊勢崎市境島村)。なぜか袈裟懸けに切られている |
江戸後期、国定忠治は上州から信州にかけての大親分だった。関所も破ったし、子分たちが対立する島村の伊三郎や目明かし三室の勘助を子分が切ったため1850年(嘉永3)に処刑されたが、組織と戦った庶民の英雄だ。話を聞くだけで男の血がたぎる。ところが。
切られた側はそうはいかない。伊三郎の地元(現境島村)や勘助の地元(現東町)は忠治の出身地(現国定町)と犬猿の仲。忠治の出てくる八木節でさえ、一部ではご法度だった。
桜場さん「それが一昨年、市町村合併で同じ伊勢崎市に組み込まれた。そろって5代目、ここらで水に流そうやと、今年6月、3家が集まって170年越しの手打ち式をやった。伊三郎さんも地元の繭を江戸へ送る船問屋を開いた偉人だし、芝居では忠治に切られたことになっている代官さまも、後に『国定村の豊かさを学ぶべきだ』といった文書を江戸で残した。本当の悪人などいなかった、皆懸命に生きた人たちだったのだと私たちは思いたい」。
おやじも、そう思う。
温っけえ気持ちになった。忠治一家もきっと喜んでいるだんべ。赤城のお山よ、また来っからな。
◆赤城山(あかぎやま) 複式火山で最高峰は1828メートル。関東平野に吹き下ろす空っ風「赤城おろし」でも有名。フリー百科「ウィキペディア」によると大洪水で山の一部が千葉県に流れ込み、流山の地名になったとの伝説も。
◆公式ファンクラブ・いせさき忠治だんべ会 (電話)0270・32・8500 http://www5.wind.ne.jp/fisherman/ch/danbe/index.htm
◆アタック21公式サイト http://www.geocities.jp/mt_climb_tt/
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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