【カザニ(ロシア)=田口潤】女子200メートルバタフライで、12年ロンドン五輪銅メダルの星奈津美(24=ミズノ)が日本女子初の金メダリストで来年リオデジャネイロ五輪代表に内定した。昨年11月にバセドー病の手術後、8カ月での快挙。その裏には北島康介を育てた東洋大監督で日本代表の平井伯昌監督(52)の指導力があった。中村礼子、寺川綾ら五輪メダリストと同じ移籍組。一時は引退危機にあった星をどう世界のトップに導いたのか。極意を探った。

 水が怖かった。星は持病バセドー病を治すため、昨年11月21日に甲状腺全摘の手術を受けた。傷痕は首に12センチ残った。12月中旬から練習を再開したが、息継ぎの動作で傷口が開かぬようにシュノーケルをつけてこわごわと泳いでいた。クリスマスの25日、平井監督は「200メートルバタフライを10回泳げ」と指令した。

 星は1月中旬からバタフライで泳ぐつもりだった。傷口が気になり、呼吸で首が上下動する本職の泳ぎをためらっていた。謙虚で慎重な性格。大胆で豪快な北島とは違う。平井監督は「衝撃を食らわせた。頭をとんかちでガツンと殴ってやろうと」。懸けは吉と出る。

 星 どのタイミングでバタフライを泳ごうかと迷っているとき(平井)先生から今日はバタフライをメーンで行こうと。最初は怖かったですけど、だんだんタイムも上がった。自分1人でやっていたらもっと時間がかかっていた。

 自信をつかんだ星は平井監督のハード練習に食らい付いた。おおらかでのんびりしているが芯は強い。平井監督は「世の中にはオオカミの皮をかぶった羊が多いが、星は羊の皮をかぶったオオカミ。よくここまでと思うくらい頑張る」。課題のスピード強化は順調に進む。世界選手権直前にはロンドン五輪銀のベルモンテ(スペイン)欠場の情報も入った。頂点は確実に見えてきたが、北島のような有言実行はさせなかった。

 平井監督 ああいう性格だから「金メダルを狙う」と言ったらガチガチになる。深く静かに狙っていくと。北島とは逆です。

 星 とにかく「自分のレース」とだけ言ってくれた。プレッシャーを感じずにできた。手術明けから強くしてもらった。金メダルで恩返ししたかった。

 ラスト50メートルで逆転する理想的なレース。平井監督から「よくやった」と握手された。「先生が涙目だった。もらい泣きしそうになった」。リオ五輪で引退と決めている。あと1年、師弟の戦いが続く。

 ◆星奈津美(ほし・なつみ)1990年(平2)8月21日、埼玉県越谷市生まれ。春日部共栄高3年で08年北京五輪にバタフライ200メートルで出場。12年ロンドン五輪で同種目銅メダル。昨年4月ミズノ入社。8月のパンパシ、9月の仁川アジア大会とも同種目で銀メダル。164センチ、55キロ。