2020年東京パラリンピックに向けて、パラスポーツの注目度が高まっている。日刊スポーツでは、パラアスリートの取り組みや競技団体の活動、支える人や企業を「パラスポ」と題して毎月1回、紹介する。初回は今日30日で開幕まで100日と迫ったリオデジャネイロ・パラリンピックを目指す選手にスポットを当てる。陸上の辻沙絵(21=日体大)は昨年3月にハンドボールから転向し、今年4月の日本選手権女子100メートル決勝(T47=片前腕切断など)で、12秒86の日本新記録を樹立した異色の新星だ。新たな道を切り開いた“美人道産子スプリンター”の素顔に迫った。【取材・構成=峯岸佑樹】

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 陸上へ転向して1年が過ぎた。5月中旬、日体大の横浜キャンパス。陸上部の部員400人超の中に辻がいた。義手をつけ、試行錯誤しながら走り込みを続ける。「今はみんなの背中を追い掛けているけど、いずれは勝ちたい。ハンドボールへの後悔もなく、自分の可能性を信じています」と前を見つめた。

 生まれつき、右腕の肘から先がない。函館市で育ち、小5でハンドボールと出会った。ボールを胸に当てて捕球し、左手で投げる特訓を泣きながら繰り返した。「あの時の涙があるから、今がある。障がい者ということも忘れて毎日、必死でした」。持ち前の身体能力の高さと努力で実力をつけた。ハンドボールの強豪、水海道二高(茨城)へ「ハンドボール留学」し、高校総体ではベスト8。一般のスポーツ推薦で日体大に進学した。ハンドボール部に入部したが、過去に両膝の前十字靱帯(じんたい)を計3回断裂した影響で、1年半はリハビリ中心の活動を余儀なくされた。

 転機は大学2年の夏。20年東京五輪・パラリンピックが決まり、同大が卒業生を含めて東京大会に「選手70人出場」を目標に掲げた。ハンドボール部の監督にパラ競技への転向を打診された。体力測定を行い、瞬発力が優れているため「短距離」に適性があると見込まれた。「10年間もハンドボールを続けて、最初は『何で?』という思いでした」。葛藤しながら両部を10カ月掛け持ちした。

 結果はすぐに出た。昨年10月の世界選手権(カタール)では13秒34で6位入賞。男子走り幅跳びで優勝した山本篤(34)が表彰台に上る姿をたまたま見た。「いいな…。国歌を流せるのは1位の特権。『私もメダルがほしい』と監督に言いました」。同12月、陸上部に転部することを決意した。

 今年3月の国際大会(ドバイ)では、初めて義手を試した。上体が起き上がらず、体のブレも減った。記録もさらに伸びた。4月の日本選手権は12秒86で日本記録を樹立した。6月末にも発表されるリオ大会陸上代表への選出は、これまでの実績から有力視されている。「目標は最高で金、最低で銅。今は記録が伸びないとおかしいし、メダルを取るためのトレーニングは積んでいます」。陸上に転向して1年余りの“美人道産子スプリンター”が、進化を続ける。

 ◆辻沙絵(つじ・さえ)1994年(平6)10月28日、北海道七飯町生まれ。小5でハンドボールを始める。水海道二高では高校総体ベスト8、国体に出場。13年、日体大ハンドボール部に入部。昨年12月、陸上部パラアスリートブロックに転部。今年4月の日本選手権では100、200、400メートルの3冠を達成。趣味は映画鑑賞と10時間睡眠。好きなタイプはEXILEのTETSUYA。家族は両親と姉、弟。158センチ、45キロ。血液型O。

○…辻は大会時のルーティンがある。スタート直前、上半身と下半身をたたいた後、“お守り”の金のネックレスを左手で握る。ネックレスは辻が生まれたとき、母方の姉夫婦が製作したベビーリングに、水野監督からプレゼントされた「パラリンピックで金メダル獲得」の意味が込められた金色のチェーンを組み合わせたもの。「支えてくれている人のためにも良い結果を」との思いで、レースに臨んでいるという。

○…日体大は昨年12月、陸上部に「パラアスリートブロック」を創設。辻と三須穂乃香(18)が所属する。三須は辻と同じT47クラスで100メートル13秒11の記録を持つ期待の新人。水野洋子監督(47)は「2人とも切磋琢磨(せっさたくま)していて、計画通りにきている。東京大会に向けて、日本人に勇気や希望を与える存在になってほしいし、なれると信じています」と期待を込めた。