リオデジャネイロ五輪競泳女子200メートル平泳ぎで日本女子5人目の金メダルを獲得した金藤理絵(28=Jaked)は決勝レース直前に危機を迎えていた。レース1時間前まで足のキックが効かず、体のキレも欠いた。10年間、二人三脚を続けた加藤健志コーチ(50)の荒療治で泳ぎを立て直した。レース直後の「加藤コーチを信じ続けて良かった」との言葉。10年の支えだけでなく、直前の危機を救ってくれた感謝の思いだった。

◆決勝レース1時間前にスランプ克服

 決勝レースを終えた直後、テレビカメラの前で、金藤は少し言葉を詰まらせながら言った。「加藤コーチのことを信じ続けてきて、本当に良かったと思います」。07年2月からの二人三脚。普通に考えれば、長い年月の支えと、とらえる。それは間違いではないが、実はレースの1時間前に、加藤コーチの指示を信じてスランプを克服。実感を込めた言葉でもあった。

 レース3日前から調子が落ちてきていた。今年に入って日本記録を出し続けた武器の1つのキックが効かない。体のキレもない。大舞台への緊張、重圧も加わる。予選、準決勝はともにトップ通過も、準決勝のタイムは2分22秒11。想定より2秒も遅かった。準決勝を見ながら加藤コーチは練習ノートに「これはだめ。ここで(金藤に)引いたら金はない」と記した。

 加藤コーチの脳裏をよぎったのは、昨年世界選手権の悪夢だった。スタートから動きが悪く、消極的な展開で、何の見せ場もなく6位。ライバルの渡部香生子が金メダルに輝く。3位は同着が3人。5位までが表彰台に立つ中での屈辱。このままでは同じ過ちを繰り返す。「決勝レース前のウオーミングアップの泳ぎで、立て直さないと金メダルはない」と危機感を募らせた。

 準決勝のレース後、金藤は加藤コーチから「今日のお前は全然だめ。(決勝の)明日1日は全部、俺の言うことを聞いてくれ」と言われた。10年の師弟関係。レース前のウオーミングアップのやり方は任されていただけに戸惑いはあった。普段なら信頼感があるゆえの憎まれ口をたたき、反抗することも少なくないが、この日は違った。師匠の真剣で鋭い目に「分かりました」と素直に従った。

◆加藤コーチ「イチかバチかの懸けだった」

 レース直前はサブプールで2000メートル泳ぐ。その後、隣の本番プールで1000メートルをこなす。普段の3倍の量を泳いでも本来の泳ぎが戻らない。焦りを募らせた加藤コーチは「飛び込みから全力でダッシュしろ」と強化練習のような25メートルのメニューを追加した。「レース前ではありえない練習。イチかバチかの懸けだった」と加藤コーチ。すると体の筋肉にスイッチが入るように、金藤にキレのある泳ぎがよみがえった。10年間、金藤の泳ぎを見てきたからこそのひらめきでもあった。

 決勝直前。加藤コーチは「間に合った。自分を信じて絶対に負けるな」と最後の言葉を掛ける。金藤はうなずき、招集所に向かう。スタート。100メートルを2位で折り返すと、すぐにトップに立つ。得意の後半。最後は体1つ分の差をつける完璧のレース運びで、金メダルを勝ち取った。

 高校3年だった07年2月、加藤コーチから「世界のトップになれる」と才能を発掘された。10年の間に、椎間板ヘルニアを発症。特に代表落ちした12年ロンドン五輪後は毎年のように引退を考えた。それでも師弟関係は崩れなかった。金メダルに輝いた金藤はレース後に言った。「加藤コーチは(自分の才能を)信じ続けてくれた。(自分も)最後まで加藤コーチを信じようと」。固い絆が土壇場の危機を救った。【田口潤】