徹底的にマスコミと距離を取ったことで知られる清水氏も、集中力をコントロールする術を持っていた。

 清水 自分はオランダのその言葉通り。レースに向けて目つきも一気に変わるし、スイッチを意図的に入れていた。変に周りに気を使うのが日本の文化だが、それをしない方が競技のためになると思っていた。

 小平は大きくうなずく。

 小平 私も意図的に入れます。レース10分前ぐらいに自分のリズムを作りながら顔が怖くなっていく。ただ、(昨季)日本に戻ってからは、それが力みにならないように、集中するための殺気を少しぼかしておくようなイメージに変えた。

 清水 難しいね。沸騰させないような感じ?

 小平 絵みたいな感覚です。しっかり輪郭をかいた絵に、少し水をたらしてにじませるような。

 清水 剣士とかもそうだよね。一点を見てるんだけど、ぼんやり全体を見ている。ぼんやりさせることで全体が見える。それができるから広い視野を保てるんだろうね。

 対談は予定時間を大きく過ぎて終了した。帰り際、サインを求める小平に、清水氏は「滑りのアーティストに!」とメッセージを添えた。伝えたかったのは、長野五輪で自身がたどり着いた気持ちだった。

 清水 何十年スケートをやってきて、五輪はほんの数十秒で終わる。五輪までの数カ月は人生の中でも本当に面白い時間。戻れるならあの苦労していた時間に戻りたい。小平選手にも、今を、五輪を楽しんでほしいですね。

 小平 宏保さんの言葉を聞いて、もっと楽しまないといけないなと思いました。他の人に認められたいと思うと恐怖心も出てくるが、自分が認めてあげれば全力を出し切れる。1分1秒、楽しんでやっていきたいですね。

【田口潤、奥山将志】

 ◆小平奈緒(こだいら・なお)1986年(昭61)5月26日、長野県茅野市生まれ。3歳からスケート開始。伊那西高から信州大。06年にW杯初参戦。同大卒業後、09年から相沢病院に所属。10年バンクーバー五輪では女子団体追い抜きで銀メダル、1000、1500メートル5位。14年ソチ五輪は500メートル5位、1000メートル13位。昨季はW杯500メートル出場8戦全勝で種目別優勝、世界距離別選手権500メートル優勝、世界スプリント選手権総合優勝。165センチ、61キロ。

 ◆清水宏保(しみず・ひろやす)1974年(昭49)2月27日、北海道帯広市生まれ。白樺学園高-日大。五輪は94年リレハンメルから06年トリノまで4大会連続出場。98年長野大会500メートルでスピードスケートでは日本勢初の金、1000メートル銅、02年ソルトレークシティー大会500メートル銀。世界距離別選手権500メートルで5度の金。10年に現役引退。現在は札幌でトレーニングジム、整骨院、高齢者向けのリハビリセンターを経営している。