男子SPで10年バンクーバー・オリンピック(五輪)銅メダルの高橋大輔(32=関大KFSC)が4年ぶりに実戦復帰し、77・28点で堂々の首位発進を決めた。7月に現役に戻ると表明。その後、左足内転筋肉離れに見舞われたが、この日は3つのジャンプを全て着氷。混乱回避のため、大会史上初めて有料開催となるなど注目を一身に集め臨んだ“舞台”だった。また、出場者数が予選通過数に達しておらず、今日8日のフリーを終えれば西日本選手権(11月、名古屋)への進出が決まる。

明るい照明、くっきりと見えるファンの表情。4年ぶりに見た景色に、スタート位置についた高橋の脚が震えた。「想像以上に自分が緊張していて、ビックリした」。直前の6分間練習では長袖ジャージーを脱ぐだけで、大歓声が聞こえてきた。地方競技会で異例の騒々しさが、今度は演技開始と同時にすっと消えた。

丁寧に音を拾い、強弱をつけた滑りとしぐさで表現する。最初のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)成功でどっと沸いたと思えば、また静まりかえる。

「お客さんと一体になるっていうのも全くなかった。本当に1人の世界で、とりあえずひとつひとつ、こなしていく感じだった」

連続3回転ジャンプで回転不足があり、スピンのひとつはレベル1(最高は4)と取りこぼした。それでも全てのジャンプを下り、総立ちの観衆。「大きなミスがなくて良かった」。緊張からの解放が心地よく、得点を待たずに控室へ戻りかけたほどだった。

右膝の故障が響いた14年ソチ五輪は6位。「勝てないなら現役をやるべきじゃない」と引退したが、完全燃焼したわけではなかった。昨年12月、テレビのナビゲーターとして見た全日本選手権。五輪切符を目指す者、集大成を飾る者、ケガから復帰した者。それぞれの戦いを見つめると心は動き「納得してから次に進みたい」と復帰を決めた。

拠点の関大リンクでは、ひと回り以上、年の離れた仲間と滑る。それでも「大ちゃん! 大ちゃん!」と呼ばれる人気者だ。

同門でジュニア2年目の14歳、岩野桃亜(もあ)は昨季「きっとできるから大丈夫」という高橋の言葉に救われた。体形変化で悩んでいると、仕事で多忙なはずの高橋にそう声をかけられたという。熟練の技術はもちろん、その大きな人柄に後輩が学ぶことも多い。

今日8日のフリーは西日本選手権、さらに最終グループ入りを狙う全日本選手権(12月、大阪)のステップになる。「昔の僕のスケートを想像して来られている方もいる。その期待には応えられていない。緊張感を自分の力に変えるぐらい、強くなりたい」。柔らかな表情に、勝負師の顔がちらりと見えた。【松本航】

◆高橋大輔(たかはし・だいすけ)1986年(昭61)3月16日、岡山県生まれ。8歳から競技を始める。06年トリノ五輪8位。10年バンクーバー五輪で銅メダル、世界選手権優勝。14年ソチ五輪で6位、同年10月に引退。引退後はプロスケーター、解説などで活躍。