女子テニスの全米OP(9月)で、大坂なおみ(21=日清食品)が、日本人初の4大大会シングルス優勝の快挙を達成した。その後の活躍は多くの注目を集めたが、大坂が全米直前まで精神的にどん底だったことは、あまり知られてはいない。周囲の期待と自らの完璧主義に、メンタルが崩壊寸前のところから、4大大会優勝という快挙で、不死鳥のようによみがえった。

全米が開幕する2週間前のことだった。8月16日。大坂は短文投稿サイトの「ツイッター」に、日本語と英語で長文を掲載した。「この数週間はいろいろあり、(略)気分が落ち込んだりしていました。もう下の立場じゃないんだと非常にプレッシャーを感じていました」。それまで、ツイッターは大半が英文のつぶやきで、長文を上げたのも異例だった。

3月のBNPパリバオープンでツアー初優勝を遂げた。4大大会に次ぐ規模の大会が、自身の初優勝だったため、大きな注目を集めた。しかし、その後、全米までに出場した個人戦11大会で通算13勝11敗。特に全米前の3大会は1回戦負けが2大会で、1勝3敗。試合中に突然泣きだすなど、精神的にぎりぎりまで追い込まれていた。

今年から就任したバイン・コーチは、初めて大坂と会った時に「こんなにピュアで無垢(むく)な選手がいるのか」と驚いたという。加えて「少しでも自分のミスを許せない完璧主義者」とも感じていた。その無垢さと完璧主義が、自らを追い込んでいったのだ。

大坂の練習を見ているとよく分かる。始まって15分ほどで終わることが何度かあった。少しでも当たりが悪い、思うようにいかないと、あっという間に沈み込んだ。バイン・コーチを含め、スタッフが説得を繰り返しても、練習はそこで終わりだった。

全米前最後の大会はシンシナティで行われた。そこでも初戦で敗れた。「あまりにもひどいテニスでロッカールームで泣いた」。ただ、逆に「これ以上、悪くなることはない。もう全米は楽しんでベストを尽くすことだけを考えよう」と腹をくくった。

その心を解放したのは、間違いなくバイン・コーチだったろう。全米前には、大坂がテレビゲームをやるために、街にテレビを買いに行き、疲れていれば、ホテルの部屋に朝食を運ぶ。常に「君はできる」と言い続け、その献身が、大坂に自分を信じる力を芽生えさせたのだ。

全米の期間中、何度も大坂が口にした言葉がある。「私は昔の私ではない。全く違う選手になった」。どん底を味わい、そこから立ち直った自分に言い聞かせるように、何度も前を向いて訴えていた。【吉松忠弘】