バレーボール選手と看護師の二足のわらじを履く米村尊(33=ヴィアティン三重)が、コロナ禍の医療現場で大きな役割を果たしている。日刊スポーツの電話取材に応じ、同僚の医師らと共に4月の新型コロナウイルス検査に立ち会った時の様子を語った。

米村はVリーグ男子2部(V2)のヴィアティン三重に所属しながら、三重県桑名市総合医療センターで看護師をしている。勤務先近くでのクラスター(感染者集団)発生を受け、ドライブスルー方式のPCR検査が実施された。同センターの駐車場で同僚医師ら3人と検査に立ち会った。

各車の窓を半分ほど開けてもらい、医師が検体を採取した。そばで問診に当たった米村は、協力してくれた人の住所や名前の確認作業に追われた。その中で周囲の雑音で指示がうまく伝わらず、老夫婦から窓全開で話し掛けられた。米村は「閉めて下さい」と大声を上げてしまった。感染リスクを避けるためとはいえ「寄り添った対応ができなかった」と悔やむ。20人余りの検査で陽性者がいなかったのは幸いだった。

米村は小学校高学年の頃にウイルス性肝炎を発症して救急搬送された際、女性看護師から励まされたことが忘れられない。「泣いていると、ずっと優しい言葉を掛けてくれた」。医学の道へ進む原体験の1つだ。

159センチと小柄ながらコートで躍動する元女子代表の竹下佳江さんに憧れ、中学1年からバレーボールを始めた。福岡・京都高、長崎大医学部時代も競技を続けた。卒業後はプロ選手と看護師の両立を目指した。より高いレベルを求め移籍を重ね、その都度近くの医療機関で看護師として働いた。18年に加入の三重ではリベロのレギュラーとなり、2部参戦初となった今季6位入りに貢献した。

チーム練習が5月末まで行われず、現在は自宅近くの公園を走る日々が続く。「環境はみんな同じ。プロは言い訳しちゃいけない」。今できることを全力でやり、来るべき時に備えていく。【平山連】

◆米村尊(よねむら・たける)1986年(昭61)10月1日生まれ、福岡県行橋市出身。福岡・京都高-長崎大医学部。18年に三重に加入。166センチ、63キロ。座右の銘は「成功する人は成功するつもりで動いている」。