独特の感性にあふれた言葉と演技で、氷上に存在感を刻み込んだ町田樹さん(30)。6月に初の著書『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社)を出版しました。14年末の全日本選手権後に現役引退して6年。10月からは国学院大で助教に着任します。研究者の道へ進んだ理由、フィギュアスケートの現状分析など、多岐に及ぶインタビューを行いました。2回に分けてお届けする、第1回です。【取材・構成=阿部健吾】

<スポーツか、アートか>

-まず、本を書かれた動機からお願いします。

町田 タイトルにもアーティスティックスポーツ(AS)とありますが、そもそも「ASとは何か」が本書の大きなテーマの1つになっています。主にスポーツを取り上げて分類する時に、対戦競技、記録競技、採点競技の3軸で分類する傾向にあります。対戦であれば野球、サッカー、記録は陸上、水泳、採点は体操やフィギュアスケート。そう分類しがちなのですが、採点競技と一口にいっても器械体操のように技を順番に繰り出し、その技の難度と質を競う競技と、それに加えて音楽を表現する技量も評価の対象となるフィギュアでは大きく異なります。

私はこの2つのスポーツは明確に違うと思っていて、(本書では)器械体操などをフォーマリスティックスポーツと定義しました。後者のように技の難度と質に加えて音楽を表現するスポーツをASとしました。後者はスポーツの要素に加えて多分に芸術的な要素が含まれます。しかしこうした競技が、既存のスポーツ科学研究の射程に入ることはあまりありませんでした。ともすれば、スポーツとアートの領域が混じった汽水域にASがあるだけに、従来のスポーツ科学の領域においても死角になってきましたし、一方で芸術学、ダンス論のような研究分野でも死角になってきた。つまり学術的な世界から、ぽっかりと抜け落ちてしまっていたのです。

ASは、スポーツなのかアートなのかという批判にもさらされますし、フィギュアスケートにスポットをあてると、施設(スケート場)がなくなっていったり、採点の問題があったりと、ASならではの問題がたくさんあります。そうした従来見過ごされてきた諸問題を研究したいと思い、研究者を目指すようになりました。

-現役時代から問題意識があったのですか?

町田 スケートリンクがどんどん減少し、自分も練習の拠点が閉鎖され、移らざるをえない経験をたくさんしてきました。一方でルール改正の度に、その変更の是非について、業界内外で議論があり、ときに論争になるぐらい白熱することさえもある。選手時代からそうした数々の問題を感じていたので、いろいろな方にご助力とご指導をいただき、学部時代から研究をスタートさせました。

-作られた演目は芸術性に強いこだわりがあったと思います。現在のフィギュアスケートをめぐる評価のあり方をどう考えていましたか?

町田 競技会は競技会の評価基準があります。しかしながら、ASのパフォーマンスには競技規則という尺度だけでは測りきれない芸術的価値が宿っているのです。我々はそれを測れないまま、ほったらかしにしてきてしまったと思います。実際、いま過去の演技を振り返ると、優れた演技が数多く存在するにもかかわらず、芸術点何点というスコアしか残っていません。では、20年前の芸術点20点と言われたところで、その20点が表す価値を現在に復元できるかというとまったくできないのです。

競技会で出されるスコアは出場者を相対化するための尺度にすぎないのです。パフォーマンスそのものの価値を伝達するものではありません。だからこそ、批評の力で芸術的な価値や美質を言語化し、アーカイブとして未来へと継承していく必要がある、というのがこの本の中での1つの主張になります。

<演技の言語化>

-試合の演技構成点だけでは漏れてしまう価値があると?

町田 この本の中でも念押ししているように、私はジャッジがつける点数をまったく批判する者ではないです。競技会を開くにあたり、スポーツとして勝敗を決めないといけないので、どうしても選手の能力を点数で相対化しないといけません。ですが、それだけではやはり不十分なのです。私の研究によって、ASのパフォーマンスがバレエや他の舞踊ジャンルと同様に、舞踊の著作物になり得ることが明らかとなりました。作品(もしくは著作物)という単位をもち、何度も味わい得るパフォーマンスだからこそ、点数だけのアーカイブでは無意味なのです。

ところで、いまのところ、人間の身体運動を一番適切にアーカイブする方法は映像です。映像として録画することでASの演技は完全に近い形で記録されます。ですが、それだけではなく、この演技のどこが優れているのか、なぜ芸術的なのかをしっかり言語化して残すことも重要です。そこまでアーカイブされていると、あの時の芸術点は妥当だったのかと、自然とジャッジの評価を第三者の目から検証することもできます。そのようなアーカイブの仕組みによって批評が蓄積されていけば、ジャッジの評価の質も上がっていくのではないでしょうか。競技の形態や採点ルールのより良い改正にも寄与します。それだけでなく、選手や振付師の創造能力を引き上げたり、見る者の鑑賞能力を高めたりすることのできる教育効果も期待できます。

-いまはSNSで誰もが発信できます。

町田 ただ単にけなしたり、根拠なくして批判をしたりするのは論外ですが、責任ある評価であれば、どんどんSNSを通じて発信してほしい。選手や指導者、審判員はその発言を見るかもしれません。そこで「私はこういう気持ちで演技したけど、観客はこういう形で見てくれているのか」とか、「この観客が言うように自分にはこういう長所があるのか。それには気付かなかった。そこをもっと伸ばせるように頑張ってみよう」などと、新たな気づきが生まれるかもしれない。良心と責任にもとづいたSNSは、こうした好循環を生む可能性を秘めていると思います。

◆町田樹(まちだ・たつき)1990年(平2)3月9日、神奈川県生まれ。3歳から千葉・松戸市のリンクで競技を始める。広島県で育ち、岡山・倉敷翠松高時代の06年に全日本ジュニア選手権で優勝。関大に進学して12年中国杯でGPシリーズ初優勝。14年ソチ五輪で5位、同3月の世界選手権で銀メダル。同年末の全日本選手権で引退後は大学院生となり、アイスショーにも出演した。プロ引退後は研究生活を送り、今春に早大大学院スポーツ科学研究科修了、博士号を取得した。