元フィギュアスケーターで、現在は大学で研究者として務める町田樹さん(30)が「とりでを守れ」と訴えている。来年1月に閉館が決まっている東京都新宿の高田馬場にあるスケートリンク「シチズンプラザ」。インターネット上で存続を求める署名活動が始まっている中、その影響を懸念している。「このとりでが落ちたら次々にいく。数年後に同じ問題が違うところで勃発すると、フィギュア界全体で考えてほしい」。その主張を聞いた。【取材・構成=阿部健吾】

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学生でにぎわう高田馬場に長く根を下ろしてきたスケートリンク。その行く末に危惧が募る。

今年2月、出資、運営してきたシチズン時計により、来年1月での閉鎖が発表された。72年にボウリング場として開業し、75年にリンクが加わった。それから45年。来場客の減少と、施設の老朽化を理由に幕を下ろす経営判断がなされた。

「これは日本のスケート産業全体の問題だと考えてほしい。いまはシチズンが問題に直面してますが、『明日はわが身』というリンクはある。1カ所くらい閉鎖になっても大丈夫と思わず、このとりでが落ちたら次々にいくと。数年後に同じ問題が違うところで勃発する可能性はあります」。町田さんが警鐘を鳴らす。

現在はシチズンを含め、計4カ所の通年リンクがあるが、「そのキャパシティーはギリギリ」。競技人口の増加に対応できず、入会に1年待ちのケースも。シチズンも例外ではなかった。

「1000人の行き場がなくなる」。いま、選手コースに通うのは約200人。飽和状態に近い。加えて、大学が集まる地域で、学生の氷上スポーツの拠点という顔も持つ。学生は約150人。「他のリンクに比べ、とりわけ老若男女が使っている」という指摘通り、生涯スポーツとして楽しむ人が約100人。さらに初歩向きの教室生が600人ほど。合計1000人が利用している。しかし、この大所帯を受け入れるリンクは都内にはない。

シチズンに通うスケーターで組織する「高田馬場スケートリンク存続を願う会」が行った最新の調査がある。スクール生70人から回答があった。質問は閉鎖後について。シチズン側は、10月に新設される千葉県船橋市のリンクを受け入れ先とする提案をしているが、調査結果で「移籍して所属可能」と答えたのは4人(6%)。「条件次第で検討する」が12人(17%)、「都内の他リンクへの移籍希望」が38人(54%)、「スケートを諦める」が7人、「その他」が9人(13%)となった。先行きに不安を抱えるスケーターが多いことが分かる。

国内のフィギュア人気は高いが、競技者を育成する基盤がなければ将来に不安が残る。育てる場として、必須なのがリンク。「シチズンがなくなると、都内のスケート文化の生態系が一気に崩れますが、それは東京だけの問題ではない」。国内のリンクで50年以上同じ施設で運営される事例はまれで、全国規模で「老朽化」を理由に閉鎖されるケースが起きても不思議ではない。だからこそ、「とりで」を守る意義を説く。

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現在、町田さんは大学で授業を持つ。コロナ禍で行ったオンラインでの体育の授業が、認識を変えたという。「100人以上の学生にオンラインでダンスの授業を受け持ってました。居住環境などで限界はありますが、学生は口をそろえて、『リモートでちょっと体を動かせて、リフレッシュできました』と言ってくれました。これまでスポーツを楽しむことは、経済学の領域で言えば『ぜいたく財』だと思っていましたが、『必需財』として捉えるべきだと価値観が変わりました。人間が生活を営む上で必ず必要となる財で、水道、食事などと同列だと」。その経験がより一層、都心の誰もがアクセスしやすい場所に複合的なスポーツ施設が存在することの価値を認識させた。

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存続活動に関わる動機について、「スポーツマネジメントの研究は机上の空論ではだめなんです。実社会で実現しないと意味がない・経営やマネジメントに反映されないと意味がない」と述べる。アイスアリーナを1つの研究対象(※)にしており、「研究成果、知見を存続の活動やリンクを守る活動に還元できたら、こんなにすばらしいことはない」と期する。

シチズンプラザの閉鎖の決定は変わらない。「存続を願う会」が希望するのは、再開発時に新リンクを設置してもらうことで、署名活動などを行っている。町田さんは言う。「完全に民間経営だからこそ、赤字施設を継続させてくれというのは言えません。私がなぜこれだけ口うるさいかというと、黒字でビジネスチャンスがある事業だからこそ、もうちょっと考えてほしいと思うからです」。リンクの経営自体は黒字だったことも、その願いを支える。閉鎖まで4カ月。「とりで」を生き残す道を模索していく。

※町田さんは公式ページ内の「汽水域の哲学」で<スケート文化が根ざす場所>と題するコラムを持つ。

http://tatsuki-machida.com/column/index.html