日本女子マラソンの草分け的存在だった永田七恵(ながた・ななえ、旧姓・佐々木)さんが27日に死去していたことが29日、分かった。関係者がコメントした。

 瀬古利彦氏は「ここ2年ぐらい体調が悪いと聞いていた。同じ釜の飯を食べた仲間。53歳というのは早すぎる。教員を辞めて、遅くなって(実業団で)始めて、すごく努力をしていた。日本の女子マラソンをつくった人。寂しい」。

 増田明美さんは「本当に悲しみでいっぱい。昨年秋に再会し、気さくな方で思い出話に花を咲かせたばかり。戦友だもんね、と言ってくださった。引退後はメディアにも出ず、陸上界の山口百恵さん的な生き方をしていた。人生の長距離ランナーとしても美しかった」。