06年トリノ五輪で一躍人気者となったカーリングのチーム青森が、今や堂々のメダル候補に成長した。7位に入賞した前回からメンバー5人中3人が入れ替わって一時は苦しんだが、戦術を一新して昨年の世界選手権(カナダ)では史上最高タイの4位。約1年後の10年2月12日に開幕が迫ったバンクーバー五輪に向け、「マリリン」こと本橋麻里(22)は「表彰台は遠いものではない」と、メダル獲得を目標に掲げている。
カーリング王国カナダを破る快進撃で7位に入賞したトリノ五輪から3年。チーム青森はこの間、日本女子代表の座を1度も譲ることなく、世界に挑み続けた。昨年の世界選手権では4位。本橋は「表彰台は遠いものではないと感じている。ただでは帰ってきたくない」と、五輪のメダル獲得への思いを強めている。
決して順風満帆ではなかった。トリノ五輪のシーズン終了後に小野寺と林、その1年後に寺田と、チームの中心選手が次々と離脱。「トリノは連れて行ってもらった感じ」と口をそろえる、目黒と本橋が残った。司令塔役のスキップを務めることになった目黒は「(本橋と)作戦で食い違うことも多かった」と悩んだ。06年に加入した山浦が「逃げ腰の作戦を取っていた」と振り返るほど、ちぐはぐだった。そんな中、地元青森で迎えた07年の世界選手権は8位。世界の表彰台から遠のいた。
カーリングは作戦に大きく左右される競技。メンバーは納得いくまで意見をぶつけ合うことにした。夏場は個別練習が主体となるが、毎月、1週間程度行っている合宿では連日のように話し合いを続けた。「目標は五輪に出ることではなく、五輪で勝つこと」(山浦)。そう再確認して、トリノ五輪の7位入賞につながった守備的な戦術から、ある程度のリスクを覚悟した攻撃的な戦術に変更した。
その結果、得点力が増し、昨年の世界選手権では優勝したカナダに準決勝で8-9と競り合い、2位中国や3位スイスには1次リーグなどで勝った。メダル獲得国との差は紙一重。目黒は「今のチームには勢いがある。柔軟に新しいことに挑戦する姿勢がある」と、低迷期を脱したチームの成長を実感している。
現在、チーム青森は企業2社から支援を受ける。用具の提供を受けるほか、年間数百万円を負担してもらうことで欧州の強豪が集まる国際大会の出場が可能となり、経験を積んだ。専門のトレーナーから定期的に指導を受けるなど「トリノの前は考えられなかった」(本橋)ほどの環境だ。周囲の支援や協力に報いるためにも五輪のメダルにこだわっている。
10日からは地元青森で行われる日本選手権に出場する。国内の五輪代表争いでリードを広げるためにも負けられない。本橋は「まだ五輪のことは考えたくない。集中しなくてはいけない試合がありますから」と、口元を引き締めた。


