<レスリング:全日本女子オープン選手権>◇16日◇静岡・三島

 元世界女王で6月に3度目の現役復帰を果たした山本美憂(37=白寿生科学研究所)が、48キロ級で優勝し、来年のロンドン五輪選考会を兼ねる全日本選手権(12月、東京・代々木第2体育館)への出場権を手にした。強豪がいない大会とはいえ、04年2月のアテネ五輪選考会以来7年8カ月ぶりの復帰戦で貫禄勝ち。弟でプロ格闘家の山本“KID”徳郁ら家族が見守る中、存在感を見せつけた。五輪への道は険しいが、悲願の五輪初出場へ第1関門を突破した。

 勝負の勘は、みじんも衰えていなかった。7年8カ月のブランク。37歳。3児の母。それはハンディではなく、成長の証しだった。復帰戦で優勝し、ロンドン五輪選考会への挑戦権を得た。山本美は「久しぶりにマットに上がったのがうれしくて、疲れたけど楽しかった。前の復帰時は怖がる気持ちがあったけど、今日は自分のやりたいことをやっちゃえって。子どもを産んでから、ずうずうしくなった」。走り回るわが子を抱いて、無邪気に笑った。

 強豪こそ出場していないが、優勝者に与えられる全日本出場権を目指して、高校生から社会人まで10人がしのぎを削った。「緊張すると分かっていた」と心の震えを受け入れると、最初の2戦は豪快な投げ技で圧倒。決勝の第2ピリオドは追いつかれて落としかけた。だが「今までなら諦めていたけど、絶対負けないと決めて来た」。タックルを仕掛け、バックを奪って試合を決めた。残り時間は0秒。劇的な復活優勝だった。

 63キロ級で五輪を目指す妹聖子の練習相手を務めるうちに、闘志に火がついた。「親だと感情的になるから」(父郁栄氏)とコーチの父の元を離れて6月、カナダへ3カ月半の修業に行った。技術、筋力、体調管理に3人のコーチを雇って鍛え直した。大会4日前に右手小指を脱臼し、靱帯(じんたい)を痛めていた。その影響をまるで感じさせない勝ちっぷりに、父は「前より強気になってる。たいしたものだ」と感心した。

 見守った日本協会の栄和人女子強化委員長は「負けるか、甘くないだろうと思っていたが、美憂が一枚上だった。思い切りの良さと勘が良い。上位を脅かす存在になってほしい」と驚き、称賛した。48キロ級は世界女王の小原日登美が、全日本か来年の全日本選抜で優勝すれば五輪代表に決まる。山本美は勝ち続けるしか道がない。だが「まだまだこんなものじゃない。もっともっと強くなって帰ってくる」。奇跡への第1歩を踏み出した。【今村健人】

 ◆山本美憂(やまもと・みゆう)1974年(昭49)8月4日、横浜市生まれ。72年ミュンヘン五輪に出場した父郁栄氏の指導で、小3でレスリングを始める。13歳で87年全日本選手権44キロ級を初制覇。91、94、95年世界選手権優勝。全日本8度V。アテネ五輪出場を逃して04年4月に3度目の引退を表明。弟はプロ格闘家の山本“KID”徳郁、妹はレスリング63キロ級の山本聖子。2度離婚後、06年にアルペンスキーの佐々木明と結婚。3児の母。156センチ。

 ◆レスリング女子のロンドン五輪への道

 48キロ級は9月の世界選手権で優勝した小原日登美(自衛隊)が、12月の全日本選手権か来年の全日本選抜のどちらかで優勝すればロンドン五輪代表に決まる。両大会でともに優勝を逃した場合は、優勝選手とプレーオフを行い、勝者が五輪代表。48キロ級には世界2連覇の小原のほかに、全日本、全日本選抜ともに準優勝の三村冬子(日大)、ともに3位の甲斐友梨(アイシンAW)や、今年の全日本学生で三村を破って優勝した入江ゆき(九州共立大)らがいる。