<柔道:全日本柔道選手権>◇29日◇東京・日本武道館

 昨夏のロンドン五輪100キロ級代表で元世界王者の穴井隆将(28=天理大職)が、有終の美を飾った。引退試合と決めた伝統の大会で、09年以来となる2度目の日本の頂点に立った。ロンドン五輪では自身も含めて惨敗した重量級。歓喜の一方で、立て直しに向けた後進の奮起を願う複雑な心中ものぞかせた。

 喜びはあった。ただ、物悲しさもあった。決勝戦、試合直後の穴井の一言は「申し訳ない。みっともない試合をした」。原沢への謝罪。そして、「これからは重量級はお前が背負っていかないと。頑張れよ」。

 今大会を柔道人生の最後にする。そう決めて年明けに練習を再開したが、量は全盛期の3、4割。「精神力は◎、技術も◎、体力は×」。スタミナ不足から「省エネ柔道」に徹した。決勝でも、自分も技が出ないが、原沢も出せない巧みな組み手。相手に指導2個が出て逃げ切った。だから「申し訳ない」だった。

 同時に、その作戦を打ち破れない実力も感じた。試合前、「私より稽古をしている選手が勝つべき」とまで話していた。自分が勝つことは若手の低迷を印象づける。だから、「この苦い経験から彼(原沢)が成長してくれたら」と願う。自分も同じだったから。

 ロンドン五輪では2回戦敗退。街を歩けば「負けたやつだ」「もっと頑張れ」と心無い声に苦しんだ。支えは家族や仲間。「五輪のことは何も言わずに普段通りに接してくれた。それがありがたかった」。昨年11月に強化選手を辞退しながら、畳に戻ってきた。感謝を伝えるために。

 そして再び日本一に。この日は試合中も笑顔が出た。準決勝の石井戦では「作戦がはまった」と開始14秒に鮮やかな体落とし。5歳で柔道を始めた時のような感覚。体力面が不安で頭脳を駆使した。「小さい時はあまり力が強くなく、力勝負でなく作戦を考えていた。今日は子供のころのよう。だから楽しかったのかな」。開き直った境地で、良い意味で重圧なく戦えた。

 苦難の先に歓喜がある。この日、自分が感じた。だから後輩たちに言いたい。

 穴井

 本当につらい時、苦しい時は支えてくれる人がいる。その思いを受け止めて、初めて初心に帰れる。甘え、また叱咤(しった)激励を受けながら、その階段の先に、日本柔道がもう1度世界一になるときが来るので頑張って欲しい。

 選手強化だけに限らない。その言葉は逆風が続く柔道界全体へのメッセージにも聞こえた。【阿部健吾】