【ブエノスアイレス7日=阿部健吾】2020年夏季五輪開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会を前に、東京とマドリードの間で20票近くの票を巡る激しい争いが繰り広げられていた。約100人のIOC委員による投票寸前まで展開された「票取り合戦」。キーマンは前全日本柔道連盟会長の上村春樹氏(62)と、国際柔道連盟(IJF)のマリウス・ビゼール会長(55)だった。ビゼール会長が影響力を及ぼす20人近くのIOC委員の投票が、開催都市決定に大きな影響を与えた。

 実に生き馬の目を抜く世界だ。8月下旬、東京に情報が流れた。「ビゼールの持つ票がマドリードに流れたらしい」。IJF会長を務める大物の名前に、招致委員会に衝撃が走った。五輪競技以外の国際競技団体までをまとめる世界最大のスポーツ団体「スポーツアコード」の会長。五輪実施競技決定まで左右すると言われる大物の情報だけに、その衝撃は大きかった。

 ビゼール氏自身はIOC委員ではないが、投票権を持つIOC委員への影響力は大きいといわれる。同氏の意向で動く委員は20人近いともいわれている。しかし、同氏と日本の関係は良好。特にIJF会長選などでも後ろ盾となってきた上村氏とは蜜月だった。ビゼール氏の日本支持は堅いと思われていたのだが…。

 スポーツアコード会長就任後の6月に来日したビゼール氏は、会見を開いて責任問題が問われていた上村会長(当時)を「彼はクリーンだ」と擁護。支持を打ち出した。ところが、8月に上村氏は辞任。ビゼール氏は、顔をつぶされた形となった。「票がマドリードに流れた…」。情報が飛び交ったのは、上村氏がビゼール会長指名のIJF理事を辞退した直後だった。

 招致委員会の市原則之副理事長は「これはまずいということで、(8月)28日に会いにいってくれるようお願いした」と内情を明かした。上村氏は急きょ29日に出発。不測の事態に備え、招致委からはブラジル入国のためのビザ取得を要請されていた。竹田理事長も柔道世界選手権が開かれていたブラジル・リオデジャネイロに駆けつけ、自民党五輪招致推進本部長の馳浩衆院議員も“参戦”。30、31日とも会食を重ね、説得に全力を傾けた。同副理事長は「日本にスポーツアコードのオフィスを作ることも約束した」と、水面下の交換条件まで明かした。

 結果、いったんはライバルサイドに流れた票は、東京が取り戻したとの見通しが招致委員会にはある。国内で起こった柔道の不祥事が、思わぬところで招致活動の佳境に密接に絡む展開となった。あらゆる利害関係が複雑に絡み合い、水面下で激しく票の争奪戦が展開される五輪招致。柔道界のキーマン2人も、ギリギリまで攻防戦を繰り広げていた。20近い票の行方が、開催都市決定に色濃く影響を与えたことは間違いない。

 ◆投票方法

 開催都市はIOC委員の投票で過半数を獲得した都市に決まる。投票は無記名。委員は最新で103人。立候補都市の国の委員はその都市が残っているうちは投票できない。ロゲ会長も投票しない。3都市の国の委員は計5人。内訳はスペイン3人、トルコ1人、日本1人。その他に2人(エジプト・サベト委員とフィンランド・コイブ委員)が欠席する。最初の投票は最多95人参加予定。最多得票都市が過半数を獲得するまで、最も得票数の少ない都市を落とし繰り返し行われる。