<フィギュアスケート:GPシリーズ第1戦スケートアメリカ>◇18日◇米デトロイト

 「氷上の芸術家」が断トツ発進だ。昨季のGPシリーズで初優勝した町田樹(23=関大)が、SPで世界歴代9位となる91・18点の高得点で2位以下を7点以上も引き離した。哲学を好み「芸術作品」としてスケートを滑るという新鋭。77・75点で4位の小塚崇彦(24)、77・09点で5位の高橋大輔(27)を上回り、ソチ五輪男子代表の3枠を争うライバルたちに衝撃を与えた。

 足にはスケート靴、手には哲学書。異色のスケーターが、ソチ五輪の代表争いに堂々と名乗りを上げた。言い回しは理知的で、一般的アスリートのそれとは一線を画す。「目指しているのは、純粋芸術としてのフィギュアスケート。スケート人生のテーマです」。競技性を超えたところで、1つの作品を作り上げる表現者でありたい。

 趣味の読書は、かばんに必ず2冊の本を忍ばせる。遠征など移動が多く「どんどん読んじゃいますね」。ドイツの哲学者ヘーゲルの「美学講義」が愛読書。美的価値を問う学問への傾倒は、フィギュアにも美的完成度を求めるようになった。今季のSP「エデンの東」の着想を得たのは1年以上前。「五輪シーズン、僕自身のスケーター20周年」に温めていた演目だ。

 すぐに滑らなかった理由は「著者のスタインベックの言葉が精読できていなかった。深く理解してから表現したかったので」。作品は映画で有名だが、「『エデンの東』=(俳優の)ジェームス・ディーンという色眼鏡を外して、僕のエデンとして解釈してほしい」と願う。「小説の舞台のサリナスに吹く風や、雄大な自然をリンクの上に描きたい」という。

 だからこそ、90点超えの演技にも「70~80%」。4回転-3回転の連続ジャンプの成功も、喜びは控えめだ。「1つ1つの要素でなく、1つの芸術作品として創作している」。優雅に舞う最後のスピンの回転が止まるまで、全部を受け止めてほしい。観客からはスタンディングオベーションを受け、演技後に右拳も強く握ったが、まだ上がある。

 小説の舞台である米国でSPを初披露し、「とても幸せな3分間だった」と充実感はある。その小説の中で最も好きな言葉は「Timshel」。日本語訳は「汝(なんじ)、治むることを能(あた)う」で、町田は「自分の運命は自分で切り開くこと」と解釈する。「ソチ五輪からは一番遠い存在」と認めるからこそ、その言葉が力を与えてくれる。【阿部健吾】

 ◆町田樹(まちだ・たつき)1990年(平2)3月9日、神奈川県川崎市生まれ。3歳で競技を始める。昨季までの2季は米国、現在は大阪が練習拠点。08年ジュニア全日本選手権2位。09-10年からシニアに参戦し、10年ネーベルホルン杯で自身初の4回転トーループを成功させて初優勝。GPシリーズは12年中国杯で初優勝を飾った。全日本選手権は09、11年の4位が最高位。コーチは大西勝敬氏。163センチ、53キロ。