<レスリング:女子国別対抗戦W杯>◇最終日◇16日◇東京・小豆沢体育館

 16年リオ五輪での全階級制覇に向け、父の教えを伝えていく。レスリング女子55キロ級で五輪3連覇を含む世界大会14連覇中の吉田沙保里(31=ALSOK)が、マリア・グロワにテクニカルフォール勝ちするなど、日本はロシアに8戦全勝で2年ぶり7度目の優勝を飾った。チームを支えたのは11日に急死した父栄勝さん(享年61)が掲げた攻めの意識。新階級制で行われた大会で吉田自ら手本を示し、リオへの大きな1歩を踏み出した。

 マットの上で吉田の体が3度宙を舞った。仲間からの胴上げをされながら、「やったよ、勝ったよ」と父にささやいた。その教えを受けた娘を中心に、チームは一丸となった。「自分の父のために、私のためにと頑張ってくれた。みんなに感謝したい」。

 その思いを裏切らない快勝だった。栄監督が抱えた父の遺影を「いってくるよ」と両手で触れて、マットへ踏み出した。グロワが消極的と注意を受けた直後にタックルにきた1分30秒過ぎ、背後に回って投げて4点を獲得。バックを取った5分33秒に12-1で勝ちを決めた。また父の遺影に触れて「やってきたよ」と報告し、マットを下りた。

 3月に入って左足の内側側副靱帯(じんたい)を損傷し、そこに父の悲劇が重なった。4日ぶりに練習した14日には「のどから血が出そう。息がすぐにあがった」と不安もよぎったが、周囲の励ましにも背中を押された。「親を亡くしたのは私だけじゃない」。親交あるフィギュアスケートの浅田真央も、母を失いながらソチ五輪で会心の演技を見せた。そんな姿を思い出し、気持ちを奮い立たせた。

 試合が終わると、仲間に大きなジェスチャーで指示を飛ばした。「お父さんの代わりに、アドバイスをしたかった」。08年から日本代表コーチを務めた父の教えを必死に伝えた。

 「タックルを制するものは世界を制す」。この日、後輩たちはその教えを体現した。栄勝さんが指導する「一志ジュニア」で8歳から競技を始めた69キロ級の土性は、ロンドン五輪金メダルのボロベワに残り30秒で両足タックルを仕掛けて逆転勝ち。会場で見守った母幸代さんは「お父さんが乗り移ったみたい。みんなタックルを決めてくれた」と目を細めた。

 栄監督は「リオ五輪で全階級制覇できるチームを作りたい」と言った。新階級制での全勝優勝の意味は大きい。昨年にルール改正され、より攻撃的なレスリングが求められる。それは栄勝さんが信奉したスタイルだ。「攻め、タックルを大事にしていきたい」。かけがえのない父親を亡くした吉田は、その教えを胸に刻む。【阿部健吾】

 ◆レスリングW杯

 国別対抗戦で、国際レスリング連盟(FILA)が主催する唯一の団体戦。男子フリー、グレコ、女子の3大会が行われている。01年にスタートした女子は参加国が総当たりのリーグ戦で争っていたが、05年から2組に分かれてリーグ戦をした後1位同士が決勝戦を行う方式に変更。過去9回の決勝戦のうち6-1(前回までは7階級)は4回あるが、全勝はなかった。