休場した朝青龍は、高砂部屋の朝げいこに姿を現さなかった。師匠の高砂親方(元大関朝潮)からは「治療のない日は、けいこ場に来るように」と指示されているが、前日に続いて部屋近くの宿泊先での完全休養だった。一方で前日8日には、14日に定年を迎える床山・床寿ら部屋の裏方や、幕下以下の力士たちに焼き肉を振る舞ったという。床寿は「特に相撲の話はしていないけど、横綱は元気だったよ」と話している。