<大相撲技量審査場所>◇8日目◇15日◇東京・両国国技館

 三段目の巨東(21=玉ノ井)は、家族と親友を思いながら土俵に上がる。故郷の福島・富岡町は原子力発電所の町。子どものころから信じていた安全神話は、東日本大震災によって崩れた。家族は新潟の避難所暮らし、親友は原発作業員として働く。自分の仕事を全うするために、大鷹山に敗れて1勝3敗となりながらも相撲に集中する。

 土俵際で2度残った。巨東の体は完全に起こされていたが、それでも大鷹山の寄りに耐えた。長い相撲の末につり出されて3敗目。悔しそうに目をつむり、下を向いた。「ダメですね。体は動いているのに、勝てない。気持ちは入っているんだけど、空回りかも」。息を切らしながら、消え入りそうな声で言った。

 特別な思いで臨んだ場所だった。大震災の衝撃。地震の後、家族との連絡はすぐとれた。しかし、直後のテレビには信じられない光景が映っていた。原発事故だ。自宅は第1原発と第2原発の中間。少し高いところに上がれば、原発が見えた。父昇さん(58)は建築関係の仕事だったが、兄広次さん(25)は東京電力の関連会社に勤める。町民の半数は原発関係の仕事。それが富岡町だった。

 家族は避難所を転々として、今は新潟にいる。「連絡をしても、心配するなとだけ言われる。相撲に集中しろということでしょう」と巨東。「両親も自分たちのことで精いっぱいのはず。だから、自分も相撲を精いっぱい取る」と話す。

 富岡一中時代は野球部の一塁手として活躍した。当時のエースは今、原発作業員として働く。「メールや電話で連絡します」と言う。放射線被ばくの量を抑えるため、作業は交代制。「行きたくないというメールが来たこともある。危険だから行かない方がいいと言ったこともあります。でも、言われました。やらなきゃいけない、仕事だからって」。その一言は、巨東の心に深く染み込んだ。

 安全を信じていた原発に対する怒りと悲しみも大きい。「もう原発はいい。水力などで補った方がいい」と真剣な表情で話した。家族の心配と故郷への思い。精神面の不安に加えて、ケガもあった。昨年の右膝負傷に続き、場所前に右大胸筋を傷めた。それでも、相撲に集中する。「それが自分の仕事ですから」。

 負け越しに後がなくなった。「あと3番、勝つことだけを考えます。自分には相撲しかないんで。相撲で頑張るところを、家族や友だちに見てもらえればうれしいです」。巨東の土俵にかける思い、福島第1原発に届け-。【荻島弘一】

 ◆巨東宣浩(おおあずま・ひろし)本名・深谷宣浩。1990年(平2)5月10日、福島・富岡町出身。富岡第1中卒業後の06年に玉ノ井部屋入りした。同年5月に初土俵、最高位は西三段目19枚目。昨年初場所に右膝を負傷して3場所全休したが、復帰した秋場所で序ノ口優勝を果たした。196センチ、150キロ。

 ◆双葉郡富岡町(ふたばぐんとみおかまち)福島第2原発がある福島浜通り中ほどの町。北は第1原発1~4号機がある大熊町、南は楢葉町に隣接している。人口約1万6000人。東日本大震災による死者、行方不明者は合わせて18人。町全域が福島第1原発事故による避難地域(20キロ圏)に入っている。