<大相撲名古屋場所>◇初日◇13日◇愛知県体育館

 東前頭6枚目でモンゴル出身の照ノ富士(22=伊勢ケ浜)が、西前頭5枚目の遠藤(23)との若手ホープ初顔対決を制した。相手有利な体勢を耐え抜き、最後は左腕を返して遠藤の右腕を万歳させる豪快相撲で寄り切り。力量を知らしめるとともに、自己最多16本の懸賞金も獲得して笑顔を見せた。未完の大器が、遠藤の新たなライバルに名乗りを上げた。

 照ノ富士はこの日を待っていた。「最初に思い切り当たって、1発でもっていこうと思った」。先場所の白鵬が一気に遠藤を土俵下まで突き飛ばした相撲を何回も見て、イメージを膨らませた。立ち合いは思い通りも、頭をつけて前まわしを取られる相手十分な体勢に。「力比べなら勝てる。変なことはせずにいこう」。強引な投げや寄りにいかず、1分近く耐えた。じわり左をねじ込み、一瞬でかいなを返して右腕を万歳させた。遠藤が無抵抗で土俵を割る。館内を驚かせた。

 場所前から「遠藤にだけは絶対に負けたくない」と言い続けた。巡業で入浴の順番待ちをしている時、番付が上だった遠藤に先を越された悔しさもあった。「今日は白星じゃなく懸賞だった」とニンマリ。強くなって稼げば、両親への仕送り額も増える。自然と口も滑らかになった。

 11年に入門した間垣部屋には強い稽古相手がいなくて伸び悩んだ。幕下時代の昨春、間垣親方(元横綱2代目若乃花)の体調不良で部屋が閉鎖したことが転機。伊勢ケ浜部屋に転籍し横綱日馬富士、小結安美錦ら4関取にもまれ、今年の春場所で新入幕を果たした。

 春、夏は度重なるケガや病気で稽古不足でも勝ち越し。名古屋入り前の大阪・堺合宿では日馬富士らに徹底的に鍛え抜かれた。「そのおかげで勝てた」。自信が余裕につながった。「目標は横綱になること。遠藤より先に」。日馬富士の土俵入りを学んで、ひそかに稽古する。カラオケで君が代を練習することもある。

 まだまだ粗削りながら横綱からも「あいつは強くなる」と太鼓判を押される。命名されたしこ名は伊勢ケ浜部屋ゆかりの横綱「照国」「旭富士」から由来。衝撃的な遠藤戦の勝利は期待通りの出世を予感させた。【鎌田直秀】

 ◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋入門。若三勝として11年技量審査場所初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋転籍。同年秋に新十両に昇進し、14年春に新入幕。カレーが嫌い。お化けが怖く1人部屋を拒否したことも。192センチ、179キロ。家族は両親と姉、妹。