<大相撲九州場所>◇12日目◇20日◇福岡国際センター

 横綱鶴竜(29=井筒)がまさかの注文相撲で1敗を守った。大関豪栄道(28)に立ち合い、右へ変化してはたき込み。九州場所12日目としては17年ぶりに満員となった場内が騒然とし、ヤジも飛び交った。

 これが、横綱としてまだ優勝できていない者の重圧なのか。どよめきとため息だけでは終わらなかった。「そんな相撲でえーんか!」「横綱やろ!」。飛び交うヤジ。怒号はすべて、変化で勝った鶴竜に向けられた。97年以来17年ぶりに満員御礼の垂れ幕が下がった12日目。大関との好取組を期待した場内が、騒然とした。

 「(変化は)決めていなかった。ちょっと迷いました」。立ち合いで遅れて立つと、すぐ右へ跳んだ。低く踏み込んだ豪栄道の後頭部を押さえて、はたいた。0秒9。先場所、逸ノ城に食らった変化を、自ら選んでしまった。取組後、素直に打ち明けた。「勝ちたい気持ちが強すぎました」。

 幾度となく「あまり気にしていない」と話してきた優勝争い。だが、前日に稀勢の里に敗れた影響は大きかった。もう負けられない-。思いが肥大化した。か細い声で「自分のそういう気持ちに勝てなかった」と漏らした。審判長だった師匠の井筒親方(元関脇逆鉾)は「昨日負けて、勝ちたかったんでしょう。褒められた勝ち方ではないけど。お客さんのヤジもすごかった」と言うしかなかった。

 新横綱だった夏場所。2敗して迎えた8日目の宝富士戦で変化し、ブーイングを受けた。帰り際に人知れず「なんで変わっちゃったんだろう」とつぶやいた。地位の重圧を感じた瞬間であり、横綱として、してはいけないと痛感した注文相撲。だが、在位4場所目で、ようやく届くかもしれぬ横綱初優勝への渇望が、再び選択させてしまった。

 白鵬と並び1敗は守った。ただ「こういう相撲だと(優勝は)難しいんじゃないですかね」と自分をさげすんだ。あと3日間。「自分の相撲を取れるように集中したい」。その言葉を、繰り返した。【今村健人】