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支える人々 水泳 バッド・マカリスター・コーチ
シドニー五輪の各競技の日本代表選手が続々と決まる中、そのバックアップをする人々も本番に向け懸命な日々を送っている。コーチ、トレーナー、練習場を管理する人……。それぞれの五輪がある。長期連載「有終の祭典」は、今日から新シリーズ「支える人々」がスタート。1人目は、競泳男子バタフライの山本貴司、同女子自由形の千葉すずを、カナダ・トロント郊外で指導するバッド・マカリスター・コーチ(43=米国)。 山本と千葉。男女の五輪候補を指導するマカリスター・コーチは、複雑な思いで先月18〜23日の日本選手権を終えカナダに戻った。山本は代表に選ばれ、千葉は落選。山本の将来性を語る一方で、千葉については「何もコメントできない」と繰り返した。1年と6年。指導歴は千葉の方がずっと長い。無念を深く感じ取っていた。 2人とも風邪で体調を崩していたという。同コーチは「今回は五輪代表権を獲得することが最大の目標。リラックスして楽しんで泳ぎなさい」と語りかけたそうだ。山本は自己ベストに迫る泳ぎを見せた。千葉はタイムこそ平凡だったが、五輪A標準記録は突破。アドバイス通りの泳ぎだったはずだが……。納得できない選考結果だった。 およそ6年前の1994年9月。米ロサンゼルス近郊にあるゴールデン・ウエスト・スイムクラブのコーチをしていた時に、千葉に出会った。88年ソウル五輪で金メダル3個を獲得したジャネット・エバンス(米国)のコーチとして、全世界の水泳関係者に知られていた。そのマカリスター・コーチが「すずの泳ぎは、私が見た中でもずばぬけていた。高い位置で泳げるし、体のローリングのリズムもいい。明らかに世界のトップクラスでした」と指導を引き受けた。96年アトランタ五輪まで2年弱。千葉が92年バルセロナ五輪で果たせなかったメダル獲得の夢を、ともに追いかけることになった。 日本のコーチとは違い、選手を必要以上に束縛しない。練習を始める前にメニューを伝えると、あとは選手の自主性に任せる。「トップコーチの多くは、選手のすべてをコントロールしがちです。でも大人で経験もあるすずに、私はそこまでしません」。千葉は中学、高校時代にイトマンSSで1日1万メートル以上に及ぶ厳しいトレーニングを強いられた。練習は日本で「やらされていた」から、米国では「自分がやる」に変わった。千葉は「バッド(コーチ)は、私を1人の人間として認めてくれた」と当時を振り返っている。 マカリスター・コーチは92年バルセロナ五輪でも、エバンスを女子800メートル自由形金メダルに導いた。その後、エバンスの母親が指導に口を出すようになったため、担当コーチを退いた。大物選手を簡単に放り出したことは周囲を驚かせた。エバンス以外にも、パンパシフィック選手権や全米選手権王者を数多く輩出し、全米年間最優秀コーチ賞に2度輝いた。世界レベルの実力を出し切れない千葉を指導する上では、十分すぎる経歴だった。95年8月のパンパシフィック選手権200メートル自由形で、千葉は優勝。1年後のアトランタ五輪に向けて順風満帆だった。【五輪取材班】
(2000年5月1日付) |