|
|
|
|
|
支える人々 柔道着開発担当・林大助氏
柔道家にとっての唯一の道具、柔道着は同じように見える。だが日本代表は国際ルールの範囲内で、そでと襟の長さや厚さに細心の注意を払っている。組み手争いでは、いかに自分の得意の形になるかが重要。相手のペースでそで、襟をいかに持たれないようにするかが勝負の分かれ目になる。全日本柔道連盟とスポンサー契約を結ぶミズノの林大助さん(31)は、選手と二人三脚で特注柔道着を開発している。 平均月2回は日本代表の1人ひとりと会い、柔道着の希望を聞いて回っている。全日本合宿をはじめ、井上康生(21)や中村兄弟らが練習している東海大の道場など所属先にも顔を出す。林さんは「トップ選手であればあるほど、こだわる方が多い。柔道着は季節によって縮み方が違う。何回洗ってベストの大きさになるかを、打ち合わせをしなければいけません」。選手との話し合いから完成まで約3カ月。センチ単位の微妙な調整を続ける。 特にスピードを身上とする軽量級の選手の柔道着は大会ごとに大きく変わる。林さんは「田村(亮子)さんはリクエストが多いですね。大体、選手は1度、自分の体に合う柔道着を完成させれば、その形が基準になりますが、田村さんだけは違って流動的。選手とどうやって戦うのかという中で、常に可能性を探っているようです」と明かす。 五輪や世界選手権はブルー柔道着もあるため、選手1人に4〜6着を用意しなければならない。1度洗ってから選手に手渡すため、林さんは夜を徹してコインランドリーで洗濯に没頭する。「コンビニ弁当を食べながら洗ってます。これで優勝してくれたら、こういったことも忘れられるんです。(世界選手権で優勝した井上)康生が『林さんの柔道着で勝てました』と真顔で言ってくれた時はうれしかった」。 林さん自身、柔道着へのこだわりがある。「自分がトップ選手に対してプロモーションをするから」とミズノのパンフレットでは、自ら柔道着のモデルを務めている。5歳から高校卒業まで柔道をしていた経験から、柔道着の奥の深さも熟知している。 シドニー五輪では、会場で規定から外れた柔道着の代替用を準備、背中に着けるゼッケン管理の役割も担う。「アトランタ(五輪)の年の4月にこの担当になって、あのころは何も知らないままで日本残留組でした。でも今回は違います」。日本代表が一緒につくり上げた柔道着で金メダルを獲得する姿を今から思い浮かべている。【五輪取材班】
(2000年5月14日付) |