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支える人々 バスケット国際審判員・石田秀敏氏
これが最後の五輪となる。国際審判員としての「定年」は50歳。石田秀敏氏(氷取沢高教)は今月9日、区切りの年齢を迎えた。「意外でした。もう若い人の時代かと思っていたから」。国際バスケットボール連盟が、シドニー五輪の審判として石田氏を指名してきたのは、今年2月14日のことだった。 五輪の審判には、出場国から出る帯同レフェリーと、その他の国から選ばれるニュートラルレフェリーがある。後者はシドニーでは6人で、アジアでは石田氏だけだ。 「名誉と重圧を感じています。日の丸を背負う、というわけじゃないんですけれど」。確かなレフェリングが、国際的にも評価をされた結果であった。 日本女子代表に帯同したアトランタ五輪に続き、2度目の大舞台。4年前は米国男子代表「ドリームチーム」の試合を裁いた。「場所も米国だったし、まるでNBAの雰囲気。自分がNBAのコートに立っているみたいだった」と振り返る。判定については「普段と同じように、と心掛けたが、少しは遠慮があったかも」。審判も人間。テレビで見るスーパースターに囲まれて、平常心ではいられなかったようだ。 バスケットボールの審判は、ルールブック通りに裁けばいいわけではない。「ゲームをスムーズに進行させるため、うまくルールを適用すること。選手の心理を感じ取ること」が大事という。流れを止めず、観客の納得する笛を吹く。年に約50試合を裁く国内ゲームでも心掛けていることだ。 日本代表は男女とも予選で敗退した。日本バスケットボール界で唯一の「五輪出場」となる。「レフェリーとしては、ジャッジメントの確認という仕事がある。国内と世界の判定が同じレベルかどうかを判断するわけです」。個人的には、アジアの代表である中国男子の戦いぶりが気になるという。 「本当はね、チケットを買って観戦に行くつもりだったんですよ」。審判資格を得て22年。石田氏にとって、シドニーのコートがレフェリー人生の集大成となる。【五輪取材班】
(2000年5月13日付) |