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支える人々 ミキハウス社長木村皓一氏
五輪まで残り100日余り。代表選考も佳境を迎える中、7選手をシドニーに送り出す企業がある。子供服の有名ブランド、ミキハウス。木村皓一社長(55)は「4年に1度の祭典。今から選手の活躍が楽しみ」と目を輝かせている。 スポーツ振興、選手育成に力を入れる企業は多いが、ミキハウスの場合は対象種目の多さが特筆される。1986年(昭61)のソフトボール部創部を皮切りに、現在は10種目のクラブ、約120人の選手を抱え、五輪選手を生んでいる。柔道、卓球、ソフトボール、競泳にシンクロ……。さらに陸上にも有力候補が控え、今後も選考会から目が離せない。 クラブのシステムは選手優先。監督不在の部も多く、選手は個々に拠点を持ち、いわば「プロ契約」に近い。さらに良い環境を提供するため、大卒新入社員の初任給程度(木村社長)を支援している。木村社長は言う。「日本には水泳や卓球など、大学卒=引退という競技が多い。それじゃ、選手がかわいそう。宣伝効果はないですけど、私は、そういう選手を応援したい」。 ミキハウスでは、スポーツや選手を企業イメージアップの道具や広告塔として考えていない。選手の勧誘もない。以前、2時間27分台で走る女子マラソンの有力選手が入社を希望したが、環境不備を理由に断り、他社を紹介したこともある。 こうした姿勢は、木村社長の生い立ちと関係している。木村社長は幼少のころ、右足に障害を抱え、歩けない時期があった。小4の時には初恋に破れた。少年野球チームのスターで4番打者という、恋敵がいたからだった。子供ながらに、日の当たらぬつらさを痛感した。「マイナー競技を応援するのは、そういうところから来ているのかもしれません……」。 その後、リハビリに成功し、野球を始めたのは、26歳だった。スポーツする喜びを知り、今も元気に三塁手を務める。ゴルフも始め、ハンディ15の腕前になった。「始めるのが遅くても、技術は伸びるし、楽しめる」と体感したという。競泳の大西順子、柔道の野村忠宏ら、年齢の高い大学卒選手を積極的に採用する背景には、そんな思いがある。 「シドニーは、もちろん行きます」。スポーツができる喜び、できないつらさを知っている木村社長はシドニーの観客席で、自身の夢を選手に投影するはずだ。【五輪取材班】
(2000年5月25日付) |
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