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「あのメダルは今」
小林さんは「金メダルをなくした男」の肩書を最大限に活用してきた。マスコミ報道で名前と顔が全国で売れたことが、仕事に生きた。自動販売機の販売と賃貸の会社、ジャパンビバレッジ(旧ユニマット)に勤務。入社以来、ずっと営業畑を歩んできたが、得意先などで「メダルが見たい」と言われれば必ず持参した。「顔があるので、それなりの人(会社幹部など)に会えるし、飛び込みで営業に行っても会ってくれた」。現在、市場開発部課長代理。同社では課長代理は40歳すぎでの昇進が平均といい、同期では出世頭という。 招待された結婚披露宴には、必ずメダルを持っていった。いつもあいさつを頼まれ、金メダルは大人気。席には次々に人が集まり、食事の暇もない。「だから目立たないように目立つには、どうしたらいいか考えて」(小林さん)新郎の首に金メダルをかける。「みんなおれが見たいんじゃなくて、金メダルが見たいんだから」と苦笑いを浮かべた。 一度は紛失した金メダルだけに、管理には苦労したという。当初、恩師の日大・福田富昭監督(現日本レスリング協会専務理事)に保険を掛けるようアドバイスされたが、損害保険会社に足を運んでも全部断られた。「どこの会社でも金メダルの価値が分からないので、保険は難しいと言われました。名誉はお金に代えられないんだよね」。そこで会社の金庫に保管。2〜3年前までは「カギをかけておいておく場所がここしかなかったから」と会社の自分の机に保管していた。 酒席には絶対にメダルを持ち出さないが、講演会後の接待に応じなければならない場合もある。そのとき接待翌日に会う人に預ける。「周りの人の方が、自分よりも気を使ってくれるからねえ。預かった人はいい迷惑だろうけど……。(酒を)飲むと駄目だもんね。飲むと話すことに集中してしまうから」。有効利用しすぎた?金メダルは、1度塗り直したという。 現在、自宅の寝室に保管している金メダル。小林さんは「金メダルをとってなかったらただの人ですから」。紛失事件から12年。小林さんのメダルへの愛着は変わっていない。【五輪取材班】
◆メダルメモ 小林さんは、初戦で優勝候補の筆頭に挙げられていた李(韓国)にタックルを一発浴びせて棄権勝ちを収めると、そのまま一気に決勝まで快進撃。ブルガリアのツォノフとの決勝でも第1ラウンドで10―0の大量リードを奪い、第2ラウンドでもタックル、投げ技も見せて16―4と一方的に攻め勝って判定勝ち。日大先輩のロサンゼルス五輪金メダルの富山英明コーチに肩車されながら両手を上げて喜びを爆発させた。 (2000年3月5日付) |