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シドニー五輪報道施設運営マネジャーのミッシェル・バートレットさん(32)は、1993年に五輪開催がシドニーに決定した時に「絶対に五輪で働きたい」と決心したという。全豪オープンテニス広報部長からのステップアップで、2年前に現職に就くことができた。「オーストラリア最大のスポーツ大会で12年間働いて、今度は世界最大のスポーツイベントにチャレンジしてみたかった。ちょうど、その機会が訪れたんです。私自身にとっても、人生の最大の経験になると思った」。 シドニー五輪で行われるのは28競技、300種目。前回のアトランタ五輪を上回り、過去最大規模になる。新たにトライアスロン、テコンドーの2競技が加わり、種目としてもトランポリンやケイリンなどが加わった。会場だけで30カ所。すべてにプレスセンターが配置され、バートレットさんは、その運営管理をすべて任されている。「テニスの時は、1競技でプレスセンターも常設が1つ。しかし五輪では30会場もあり、仮設も多いんです。その設営から、すべての会場のプレス用電話や輸送などが円滑に運ぶように気を配るのは大変な仕事です」。 しかし、世界の「口うるさい」メディアを扱うのは、すでに全豪オープンテニスで経験済み。コツはひと言「忍耐」と笑う。だから、プレス施設というハード部分の全責任者であっても、プレスと接するソフトの部分も決して忘れていない。「私は人間と接することが好きなんです。だからプレスの人々と働くことが楽しい。時々、無理なことも頼まれるけど、できるだけ要望にこたえ、プレスの人々が楽しんでくれることが最大の目標なんです」。 全豪オープンテニスでは、日本報道陣とも多くの交流を重ねた。日本女子テニスの活躍もあり、訪れた日本メディアに対し、プレスレストランですしを出す気配りも見せた。その温かいもてなしの気持ちで、五輪にも備えるという。 五輪が終了すれば、次のステップとしてラグビーのW杯かコモンウェルスゲーム(英連邦大会)で働くことを計画中という。昨年末に婚約したバートレットさんの人生は、公私ともにシドニー五輪で輝いている。【五輪取材班】
(2000年5月10日付) |