Sydney2000 cm
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20世紀 有終の祭典 支える人々 シューズ作り名人・三村仁司氏
有森銀に貢献 今度は高橋、山口

 陸上関係者をして「史上最難関コース」と言わしめるシドニー五輪のマラソンコース。だがマラソンシューズ作りを手掛けて四半世紀、数々の名選手の足を支えてきたアシックスの三村仁司さん(51=アスレチックシューズ事業統括部・技術部PSチームマネジャー)には、過剰な警戒は必要なしと映る。「史上最悪、なんていわれてますよね。私も去年、コースを見ました。確かにアップダウンは激しくスタート直後は危ないな、と思いましたよ。でもアトランタと変わらない。報道されるほど難しくはありませんよ」。長年の研究開発で培ってきた自負が、そう言わせた。

 13日の大阪国際グランプリ。会場の長居陸上競技場に三村さんの姿があった。弘山晴美(31=資生堂)に「シューズにサインをしてください」と頼まれたのだという。長距離のホープ藤永佳子(18=筑波大)からは「こんな私のためにシューズを作っていただき本当にありがとうございました」という手紙が届いたばかりだ。「毎年、素材革命を追ってますが、選手の気持ちを理解し、そうやって築いてきた信頼関係が何よりうれしいんです」。

 メキシコ五輪銀メダルの君原健二に始まり、瀬古、宗兄弟、谷口、有森、鈴木(博美)、さらに短距離の伊東浩司のスパイクも手掛ける。イカンガー、エゴロワ、ドーレ、モタ、クリスチャンセンら国境を超えて外国選手も訪れた。陸上選手ばかりではない。5月12日には甲子園球場(阪神―巨人戦)を訪れ、契約選手の現況をチェック。Jリーグのストイコビッチ(名古屋)、テニスの沢松……。支える足は多種多様だ。

 92年バルセロナ五輪。女子マラソンのレース4日前にこんな出来事もあった。小出監督が有森を伴い、すがるように三村さんの元へやってきた。「かかとが痛くて欠場も考えている。何とか直してくれないか」。2時間の話し合いの後、クーラーもないテントの中で汗だくになることさらに2時間。足底の中敷きをすべて張り替えた。銀メダルの結果に苦労は報われた。91年世界陸上東京大会で優勝した谷口浩美のインタビュー第一声も忘れられない。「三村さんの靴のおかげで勝てました」。ハイテク技術の導入で進化させてきたシューズ。シドニー五輪では男子の佐藤、犬伏、女子の高橋、山口のシューズを手掛ける。レース終了後、今度はだれが、どんな言葉をかけるのだろうか。裏方冥利(みょうり)に尽きるそんなささやかな楽しみを支えに、三村さんはミクロの開発に精を出す。【五輪取材班】

 ◆三村仁司(みむら・ひとし) 1948年(昭23)8月20日、兵庫県生まれ。陸上の強豪・飾磨工時代はマラソンも走り、卒業時に3校の大学から誘いを受けたが「世界のトップ選手をフォローする」という方針を掲げたオニツカ(現アシックス)の誘いを受け入社した。「教員の初任給が1万6000円の時代に、部活で履いていた980円のシューズが1週間で破れてしまった。これはもったいない、もっとええ靴作ったろ、と思いました」。80年モスクワ五輪からマラソンシューズを本格的に手掛ける。美智子夫人(41)と1男2女。

(2000年5月17日付)

 

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