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「あのメダルは今」
「日本選手団」が五輪で獲得した金メダルは夏冬合わせて101個。現存する最年長金メダリストが孫基禎さん(87)だ。1936年ベルリン五輪マラソンで、世界の頂点に立った。同五輪スタジアムの聖火台横にある記念碑。そこには金メダリストの名が刻まれている。当初、刻まれていた「MARATHONLAUF 42195m SON JAPAN」の最後の国名は、70年代初期にドイツオリンピック委員会によって「KOREA」と修正されている。 日韓併合により当時、孫さんの祖国は日本の統治下に置かれていた。36年8月9日、祖国亡失の時代に24歳で迎えたベルリン五輪。2時間29分19秒2の五輪最高記録で勝ち取った金メダルに、植民地統治下に置かれていた民衆は、言葉に言い尽くせないほどの感激に浸った。 だがその直後。「事件」は、孫さんの意思とは無関係に起きた。表彰式を報道した東亜日報が、表彰台中央に立つ孫さんの写真からシャツの日の丸を修整し消去した物を発行した。「日章旗抹消事件」。時の朝鮮総督府の逆鱗(げきりん)に触れ、同紙は強制廃刊に。さらに終戦後の50年には朝鮮半島の動乱のあおりを受け、孫さんも避難地の釜山で生か飢え死にかの、極限状態の生活を強いられた。だが、金メダルだけは命代わりのように守り続けた。 経済復興期に入った70年、故朴大統領夫人の故陸英修女史が「育英財団 子供会館」を設立した。真っ先に設立趣旨に賛同した孫さんは、ドイツ政府から贈られた古代ギリシャのかぶと、賞状や新聞記事、写真など、五輪にかかわるあらゆる記念品を財団に寄贈。同館内の科学館に展示されてきた。現在、改修工事中のため、金メダルと月桂樹は理事長室の金庫に厳重保管されており、再び展示される「その日」を待っている。 孫さんが金メダルを取った日と同じ92年8月9日。バルセロナ五輪男子マラソンで、韓国の黄永祚が日本の森下広一を破り、金メダルを獲得。スタンドで太極旗を握り締めながら、孫さんは「私のは半分、でもこれは本当の優勝」と喜んだ。現在はソウル市近郊の京畿道果川市で、静かに老後を送っている。「金メダルと記念品などに対する未練は、きれいに断ち切っている。公益機関が末永く安全に保存して、明日の祖国を背負って立つ苗木どもが、そのメダルを眺めながら、大きな夢をはぐくんでくれたら本望である」。家族を通して、孫さんはそうコメントした。【五輪取材班】
(2000年3月28日付) |