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20世紀 有終の祭典 支える人々 日の丸おじさん・山田直稔氏
36年振り続ける「国際応援団長」

 五輪には欠かすことのできない「名脇役」が日本にいる。国際五輪応援団長を名乗る「日の丸おじさん」こと山田直稔さん(74)は、東京から36年、シドニーで10大会連続の五輪参加を果たす。会場で大きな日の丸を振る姿は、すでに五輪の風物詩。「五輪期間中は、私であって私でない。そうでないとあんな大変なことはできない」と苦笑しつつ、シドニー五輪開幕を今か今かと待っている。

 日本選手が活躍する試合場には、必ずといっていいほど多くの日の丸の小旗が揺れている。選手の関係者が用意している場合もあるが、ほとんどは山田さんが自費で用意してきた。ビニール製の特注品は、振っても棒に巻き付かず耐久性に優れているという。シドニー用にも数千本を発注する予定。「お金? みんなそれを聞きたがるけど、そんなの問題じゃない。今までの大会を累計すると、楽に1億はかかっているけどね」と笑い飛ばした。

 観客席を日の丸で埋めるためにはコツがある。山田さんは、周囲の外国人にも積極的に旗を手渡す。30カ国語で「ありがとう」と書かれたパンフレットに日本の古切手と5円玉をセットにするところがポイントとか。すると、会場中の観客が次々と欲しがるようになり、あっという間に日本の大応援団が出来上がる。今では「山田さんが応援にくると、メダルの数が違う」とまで言われるようになった。

 もともとスポーツ好きで、日大時代は応援団長。それが高じて、五輪の応援に人生をささげることになった。五輪では羽織はかまが定番の衣装で、大会ごとに小道具を変えてきた。「シドニーでも、ワーッて思うことをやりますよ。企業秘密だけど、楽しみ」と4年に1度の晴れ舞台を前に万全の準備を整えている。

 本職は、3つの会社を経営する社長業。アイデアマンとして知られ、本人いわく「長野五輪の力士土俵入りは、私が提案した」とか。今は相撲を五輪種目にしようと活動を始め、8月8日を「笑いの日」に制定するため笑(わらい)企画という会社も興した。人生哲学は「人を喜ばせられる人が、幸せな人」。そのためには、金銭抜きで体が動き出す。「すべてはね、こういうのを通じて、世界が平和になってほしいんですよ。五輪でメダルの数は関係ない」。山田さんは、シドニーでの選手たちの笑顔を何よりも望んでいる。【五輪取材班】

 ◆山田直稔(やまだ・なおとし) 1926年(大15)4月16日、富山・井波町生まれ。日大工学部卒業後、ワイヤロープ業界に入り、60年(昭35)に「浪速商事」(東京・江東区)を設立。現在はホテル業、不動産業など3つの会社の社長を務める。東京五輪から応援を始め、いつしか「団長」と呼ばれるようになった。

(2000年5月15日付)

 

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