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「あのメダルは今」
銅メダルを獲得した1984年ロサンゼルス五輪から16年。アーチェリーの第一人者、山本博(37=埼玉・大宮開成高教)は今でも現役を続け、シドニー五輪出場も有力視されている。練習は主に、授業を終えた午後から。10年以上にわたり、日に4〜6時間の練習は欠かさない。顧問を務めるアーチェリー部の学生が来る夕方までの間、ひたすら孤独な練習が続く。来る日も来る日もじっと風を読み、70メートル先の的を肉眼で狙 う。「職人のようなものです。いつも1人なので、記者の方が来て話ができるのはうれしいんですよ」と笑った。 「あこがれ」が、長い競技生活を支えている。「気持ちが続くのは何でなんだろうと自問自答することもあります。同じ矢をポンポン打つだけで、そんなに外れることもない。ただ、銅メダルであったことが、1つの要因になっています」。日本代表であり続け、交際範囲は年々広がった。金メダリストとの付き合いも多い。「そうすると、この人は金なんだって……。そうなりたいというあこがれが消えないんです。仮面ライダーのように変身したいんです」。金メダルにかける情熱がすべての源になっている。 休みは月に2日ほど。指先の微妙な神経が勝敗を左右する「感覚競技」ゆえ、毎日矢をさわる。コンスタントなトレーニングが、ロサンゼルス五輪の時と変わらない体力を維持している。徹底した自己管理が、揺るぎない自信をも生み出す。「僕よりうまい人が日本にいるとは思わない。本心から世界でいい成績を残せると思っています。2回戦負けでも、ほかの選手だったらきっと1回戦負けだったと。僕は選ばれるべき選手だと思って、選考会に臨みます」。おごりでも大口でもないことは、過去の成績が証明している。 シドニー出場が決まれば、日本男子で史上最多の5大会連続になる。「そうなんですか。教えてくれてよかった。選考会でいきなり知らされたら意識してしまいますから」。シドニーへのハードルはあと2つ。4月に2次、5月に最終選考会が控えている。「ただね、4大会連続は折り返しだと思うようにしているんですよ。金を取ったら? 連覇を狙うでしょうね」。長く、孤独なアーチェリー人生は、まだ当分終わりそうにない。【五輪取材班】
(2000年3月20日付) |